『八重の桜』「襄と行く会津」2026-01-26

2026年1月26日 當山日出夫

『八重の桜』「襄と行く会津」

八重と襄が、会津に行って、みねの母親であるうらと再会するということがメインであった。これはこれで、ドラマの筋としては、そうなのだろうと思って見ていた。

ただ、気になったのは、新島襄が、同志社を私立の大学にしたいという。官立の大学では、国のいうとおりのことしか教えない。しかし、私立の学校はそうではない。これは、一般的な考え方としては、そのとおりである。

だが、ちょっと天邪鬼な視点から見るならば、新島襄が、こういうことを言いだすときに、福澤諭吉が述べたことを、知らなかったはずはないだろう、と思ってしまう。ややこしい議論ではあるが、福澤諭吉は、私立であることこそが、国家の独立のために必要不可欠である、ということを言っている。

ドラマとしてどう描くかは難しいことかと思うが、明治のこのころの教育(特に高等教育)を考えるときに、福澤諭吉の述べたこと、慶應義塾の存在ということを、無視して議論することは、今日の観点から歴史をふりかえって、かなり無理があるようにも思える。(こういうことは、私が、慶應義塾大学の出身だから思うことなのかともあるけれど。)

そして、その一方で、山川健次郎が、東京の帝国大学において、明治の官立大学の枢要をになっていたということは、まったく無批判に、そのまま描いている。会津出身者が、明治の時代になって、政治からしめだされて、それ以外の分野に活躍の場を求めていったということは、もうちょっと多面的に描くことがあっていいのかとも思う。

2026年1月25日記

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