Digital Preservaion2010-02-21

2010-02-21 當山日出夫

東京に行って、国会図書館での、

ディジタル情報資源の長期保存とディジタルアーカイブの長期利用に関する国際シンポジウム

すでに書いたことだが、確認しておこうと思う。結論から書けば、
Digital Archives
Digital Preservation

これらは、区別してつかうようにした方がいい。今は、デジタル化=デジタルアーカイブ、といような意味合いでつかう傾向がないではない。しかし、そうではなく、もっと、デジタルアーカイブという言葉は、限定して使うべきだと思う。

より広義には、デジタル・プリザベイション(Digital Preservation)がまずある。そのうちで、「アーカイブズ(Archives)」の方法(その考え方、方法、倫理など)にのっとって行われるものに限定して、資料のデジタル化保存の一部について、「デジタル・アーカイブ」と称した方がいい。

残すべきものをえらび(捨てるべきものを捨てて)、その記録をきちんととって、デジタル環境にふさわしい方法で、新しい、デジタル・アーカイブズは、構築されていくべきものと、考える。そうではなく、ただ、現状がアナログであるものを、劣化防止や公開の意図で、デジタル化するというのは、少し方向がちがう。デジタル保存(Preservation)がふさわしい。だが、これも、より厳密には、きちんと定義しなければならないだろうが、とりあえずは、アーカイブズとは分離した方がいい。

デジタル化、デジタル保存と、「アーカイブズ」を分離して考えるところから、おそらくは、これからの、デジタルアーカイブズが、生まれてくるのだろうと思う。

明日から、京大で、文化とコンピューティング。さて、どんな話しがきけるか楽しみである。ここに書いたようなことが、どれほどの人が考えていてくれるだろうか。

當山日出夫(とうやまひでお)

デジタルアーカイブという用語のこと(2)2010-02-20

2010-02-20 當山日出夫

昨日のつづきを、すこし。(まだ、東京にいる。)

ややこしいことばが、
・デジタルアーカイブ
それに、
・Digital Preservation  (デジタル保存とでも訳せばいいか)
さらに、
・データベース
それから、
・単なる資料のデジタル化

これらのレベルというか、概念、用語が、あまり整理されずに使われてきているのが、日本の問題点だろうと思う。いま、さらに、「デジタルライブラリ」「デジタルミュージアム」が現実のものになろうとしているとき、このあたりの用語と概念の整理がまず必要だろうなあ、と感じる次第である。

少なくとも、「デジタルアーカイブ」の語は、「アーカイブズ学」の中の専門用語のひとつとして、使うようにした方が、いいように思う。これは、アーカイブズ学のためにとっても、また、一般に人文学研究でコンピュータやデジタル化資料をあつかう側の人間にとっても、である。

當山日出夫(とうやまひでお)

デジタルアーカイブという用語のこと2010-02-19

2010-02-19 當山日出夫

今日は、国立国会図書館で、

ディジタル情報資源の長期保存とディジタルアーカイブの長期利用に関する国際シンポジウム

だった。(なまえが長いと入力するだけで、つかれるよ)

で、ひとことだけ、感想。

「Digital Archives」と「Digital Preservation」、これは、区別して使用する必要がある。私の聞いていた範囲(同時通訳であるが)では、発表者で海外からの方は、これを区別してつっていたように思える。意図的にであるかどうかはわからないが。

日本の場合、いきなり、「デジタルアーカイブ(Digital Archives)」と称してしまったために、いろいろと、アーカイブズ専門の人たちとの間で、いきちがいがあったように、私は思う。詳しくは追ってまた。明日は、別のシンポジウムで、改定常用漢字表の話し。その準備のチェックなど、これから。

當山日出夫(とうやまひでお)

セインズベリー日本藝術研究所と英国の文化財アーカイブ2010-02-05

2010-02-05 當山日出夫

すでにご存知の方もおおいと思うが、こちらでも宣伝。興味・関心のある方はぜひとも。JADS(アート・ドキュメンテーション学会)の研究会ですが、参加は、自由に申し込めます。

アート・ドキュメンテーション学会:ブログ
http://d.hatena.ne.jp/JADS/20100128/1264655267

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第64回研究会のお知らせ

東京文化財研究所・JADS共催「セインズベリー日本藝術研究所と英国の文化財アーカイブ」

1999年、英国東部のノリッジに設立されたセインズベリー日本藝術研究所は、海外にある日本の芸術文化の研究拠点として積極的な活動を展開しています。また同研究所のリサ・セインズベリー図書館は日本の芸術文化に関する図書や資料を所蔵し、その中には陶芸家バーナード・リーチや美術史研究者柳澤孝の旧蔵書も含まれ、とくに柳澤の蔵書については彼女の勤務先であった東京文化財研究所も深い縁があります。このたび東京文化財研究所企画情報部、アート・ドキュメンテーション学会の共催にて、同図書館の司書を務めておられる平野明氏をお招きし、セインズベリー日本藝術研究所や英国の文化財アーカイブについてお話をうかがうこととなりました。海外の日本研究やアーカイブの現状をうかがい、意見交換を行う貴重な機会となりますので、ふるってご参加くださいますよう、お願い申し上げます。

セインズベリー日本藝術研究所のウェブサイト

http://www.sainsbury-institute.org/

             記

日 時:2010年2月25日(木)午後2:00~5:00

場 所:東京文化財研究所 地階セミナー室

申込方法:「2月25日研究会参加」と明記の上、お名前(読み仮名も併せてお願いします)・ご所属・ご連絡先(ご住所・お電話番号)を添えて、メール(kjkenkyukai■tobunken.go.jp)もしくはファックス(03-3823-2371)にて、2月19日(金)までにお申し込みください。ご不明の点につきましては、下記問い合わせ先までお尋ねください。なお参加費は無料です。

プログラム:

午後2:00~3:00

発表「セインズベリー日本藝術研究所の活動と資料―英国における日本美術研究の現場から」

平野 明氏(セインズベリー日本藝術研究所 リサ・セインズベリー図書館 司書)

午後3:30~5:00

ディスカッション「セインズベリー日本藝術研究所と英国の文化財アーカイブ」

パネラー 平野 明氏

森下正昭氏(東京文化財研究所企画情報部客員研究員)

出光佐千子氏(出光美術館学芸員)

司  会 塩谷 純(東京文化財研究所企画情報部文化形成研究室長)

問合せ先:〒110-8713 東京都台東区上野公園13-43  東京文化財研究所

塩谷 純   tel 03-3823-4827 e-mail jshioya■tobunken.go.jp

江村知子   tel 03-3823-4862 e-mail emura■tobunken.go.jp

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當山日出夫(とうやまひでお)

京都府立医科大学附属図書館貴重書全文アーカイブ2009-12-07

2009-12-07 當山日出夫

京都府立医科大学附属図書館が、貴重書の全文画像データを公開しはじめていいる。

http://www.f.kpu-m.ac.jp/k/library/denshi/index.html

医学史にとっては、貴重な資料だと思う。このような資料が、単独で公開されるのではなく、他の関連する資料と一緒に検索できるようになるといい。デジタルアーカイブ、MLA連携の方向は見えてきているとはいうものの、実際には、このような地道な作業の積み重ねによって達成される。

ともあれ、京都府立医科大学の公開について、ここで情報を提供しておきたい次第である。

當山日出夫(とうやまひでお)

編集文献学について明星さんの記事など2009-11-28

2009-11-28 當山日出夫

明星聖子さんについて、最近の話題をすこし紹介。無論、ご本人には無断で、である。すべて公開の情報なのであるから(^^;)

まず、メールマガジン「[本]のメルマガ」に、

■特集「グーテンベルグからグーグルへ」訳者インタビュー

が掲載。

「上」が、373号、2009年10月25日
「下」が、376号、2009年11月25日

バックナンバーは公開されている。

http://www.honmaga.net/

つぎに、日本アーカイブズ学会の機関誌『アーカイブズ学研究』の第11号(2009年11月)に、

「文学研究資料の未来をめぐる一考察-編集文献学とアーカイブズ学との狭間で-」

の論文が掲載。

ピーター・シリングスバーグの『グーテンベルクからグーグルへ』(慶應義塾大学出版会)に興味のある方には、参考になるかもしれない。

當山日出夫(とうやまひでお)

NHKクリエイティブ・ライブラリー2009-10-31

2009-10-31 當山日出夫

これも、Twitterで知った。narrensteinさん。

NHKクリエイティブ・ライブラリー
http://cgi2.nhk.or.jp/creative/cgi/page/Top.cgi

「見る」NHKから、「使って、つくる」NHKへ

とある。NHKの番組から、映像として「フェアユース」として利用可能なものを、提供する、と理解すればいいだろう。利用規程は、もちろんある。

二次的な加工は可能、となっている。これは、非常に素晴らしい。多くの、いわゆるデジタルアーカイブが、アカデミックな利用のみ、しかも二次加工を許さない、見るだけ、という例が多いなかでは、異色の存在であり、有意義である。

商業目的での利用禁止、これは、現時点ではやむをえないか。しかし、これを突破口にして、NHKがその映像資源を商品として売る、というビジネスも、成立するかもしれない。私は、むしろ、この可能性に期待したい気がする。

社会のなかで、ある文化資源が有効活用されること、これは、その市場が存在すること、それによる経済活動が活発におこなわれることと、つながる。アカデミック利用のみというデジタルアーカイブが、実は、市場の活性化につながらない、極端にいえば、その分野を抑圧してしまう……このような事態が、おこりうる。

たとえば、どんな「学術書」でも、書店・出版社・印刷会社にとっては、「商品」である、このような視点も重要である。デジタルアーカイブが学術利用だけと言いながら、一方で、学術出版不況をなげく、これは、何かおかしいと私は思う。社会全体として、市場の活性化、これが基本だろう。そのなかでこそ、学問も社会のなかで存在意義がある。

當山日出夫(とうやまひでお)

図書館の本の廃棄について2009-10-30

2009-10-30 當山日出夫

都立図書館の書籍廃棄について、最新の情報。

ポット出版 松沢呉一の黒子の部屋
お部屋1971/【必読】多摩図書館廃棄本についての正確な情報
http://www.pot.co.jp/matsukuro/20091030_011904493914868.html

図書館の本といっても多様である。1冊あればいい、というものではない、しかし、たくさんあればいいのかというと、そうでもない。

大学図書館などでは、学習用の基本図書は、複数が必要。アメリカの大学院教育なみに、予習・復習をかならず、というほどでもないにしても、基本的文献は、複数冊がそろえておく必要がある。でないと、学生の勉強に困る。

あるいは、公共図書館で、その時のベストセラー作品への需要が急激に増える場合など。対応のために、複数冊、必要ということもあるだろう。(この点については、図書館は、無料貸本屋でいいのか、という批判の論点になったりもする。)

しかし、いずれの場合にせよ、時間がたてば、それほどの冊数は、いらなくなる。テキストも古くなる。ベストセラーも読まれなくなる。このような場合は、処分(廃棄)もやむをえないだろう。これを、認めるにやぶさかではない。

では、複本がまったく必要ないのか、あるいは、他の図書館にあれば、それで十分であるのか、というと、私は、必ずしも賛成するものではない。

余裕があるなら、持っておくにこしたことはない。無くなってから(破損してから、所在不明になってから)では、遅い。複本を保存しておくためだけの書庫(倉庫)は、そんなにコストがかかるものなのだろうか。

東京都の図書館の事例でいうならば、廃棄するとしても、実際の本をみくらべて損傷の少ない方(きれいな方)を残す……これが、常識的判断だろう。それを、コンピュータの検索で重複しているからといって、強引に、実物を見ることなく、廃棄という処分は、乱暴であると思われる。

でなければ、1冊ごとに、実物をつきあわせるしかない。これにかかるコストと、ごっそりと保管しておくための書庫(倉庫)を建てて移管してしまうのと、いずれが、未来に対して責任のもてる行為であるか。また、現実的に、安くできるか。

基本的に、本を残すという行為それ自体に、社会的にどれほどの意義をみとめているか、だと思う。古いことばだが、「有害図書」であっても、「のこす」という文化的な基盤が必要と考える。個人コレクションの受け入れなども、である。

そのうえで、一方で、今回、東京都の図書館の事例が問題になったのは、昨今のあまりにも偏った文化行政のあり方への批判があるだろう。メディア芸術(マンガ・アニメなど)についても、「のこす」べきであるが、もっと別のアプローチがあるだろう。それに、減る一方である、教育研究関係の予算。図書館が本を買えないでいる。それなのに、棄てるとはなにごとであるか、と感じる人がいてもおかしくはない。

ともあれ、モノとしての本を「のこす」ことの基盤の無いところで、書籍のデジタル化を議論しても、著作権(=利権としての)の奪い合いで終わってしまうように思えてならないのである。

當山日出夫(とうやまひでお)

図書館の蔵書廃棄をMLAの視点から見ると2009-10-28

2009-10-28 當山日出夫

tanemoriさんのコメントについて、少し考えてみる。

本は地域にあるべき
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2009/10/20/4643919

のコメントのなかで言及のポット出版のブログ
http://www.pot.co.jp/matsukuro/20091022_012237493914733.html
http://www.pot.co.jp/matsukuro/20091025_045159493914775.html
http://www.pot.co.jp/matsukuro/20091026_020453493914786.html
http://www.pot.co.jp/matsukuro/20091027_123210493914816.html

ここをざっと読んでの感想をいえば、MLAの役割が錯綜している。
M=ミュージアム 博物館・美術館
L=ライブラリ 図書館
A=アーカイブズ 文書館
これを総称して「MLA」という。この連携がうまくいっていないことが、日本の問題としてある。さらにいえば、そもそも、近代的な「A(アーカイブズ)」の概念が、確立していないし、社会的に認知されていない。

郷土資料といった場合、これは、MLAがどのように分担すべきことなのか、このあたりの議論の整理がまず必要だろう。

一般論としては、図書館の蔵書の管理の問題。単に、書庫(倉庫)を建てて、不要になった本(かもしれないが、将来、ひょっとすると必要かもしれない)を、とありえず保管しておく。これは、そんなにコストのかかることなのだろうか。よしんば、コストがかかったとしても、世の中から消えてなくなってしまった本を復元する(再刊する)コストに比較すれば、安いものであろう。

また、一方で考えるべきことは、郷土資料館、公文書館、というものの機能である。図書館が、なにもかもかかえこむことはない。文書館をつくって、そこで管理すべきもののあるはずである。あるいは、博物館の方が、適当という資料もあるだろう。

図書館の蔵書管理、不要になった本の廃棄処分は、MLA連携がうまく機能していない不幸なのかもしれない。

そして、最後に言っておかねばならないこと。図書館が、本を廃棄するならば(それはやむをえないとしても)、誰がその決定を下したか、そして、そのリストはどうであるのか、きちんと記録を残さなければならない。図書館の、業務としてのアーカイブズである。このことにかかるコストを惜しむべきではない。

ライブラリにはライブラリの使命がある。そして、その使命をはたすために、ライブラリのアーカイブズが必要なのである。

當山日出夫(とうやまひでお)

図書館は本を棄てるな2009-10-20

2009-10-20 當山日出夫

twitterの図書館関係、出版関係で、話題になっている。

#metrolib

ポット出版からの情報
http://www.pot.co.jp/asayake/20091017_221422493914656.html
朝焼けの図書館員
救いたい!

以下、一部引用

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10/9(金)に、東京都立中央図書館から都内各自治体の図書館長宛にFAXが送信された。
実際に直接そのFAXに目を通してはいないので詳細は不明ながら、斎藤さんの話から内容をまとめると、概ねこんな感じであった。

・多摩図書館が所蔵していた多摩地域資料約7万冊と雑誌など併せて、 計約8万冊を処分することにした。

・引き取りたい館は、10/23(金)までに直接取りにくること。

通達から2週間ということは、図書館の稼働日で言えば約10日間。
引き取る側の負担で取りに行くのだから、当然費用がかかる。
各市区町村立図書館が引き取りを決断し、役所と予算流用とか補正予算とかの話をつけようとしても、図書館と役所の稼働日が普通はズレている上に、この間に運悪く体育の日が入っているので、調整には恐らく2~3日しか猶予がないだろう。
しかも何万冊を引き取るには運送業者の手を借りざるを得ないだろうから、そちらの手配も厳しいだろうと思う。

これでは、廃棄する前提でアリバイとしてFAXを流しただけと解釈されても仕方ないだろう。

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アーカイブズの理想を忘れるな!

みずからが みんなのために みらいにむけて

地域資料など、将来、「みらい」の「みんな」の貴重な財産である。MLA連携にむけて、現実の問題もあるが、理想をわすれてはならない。

當山日出夫(とうやまひでお)