『思い出トランプ』向田邦子2021-01-02

2021-01-02 當山日出夫(とうやまひでお)

思い出トランプ

向田邦子.『思い出トランプ』(新潮文庫).新潮社.1983(2014.改版)
https://www.shinchosha.co.jp/book/129402/

川本三郎の本を読んだら、向田邦子を読みかえしてみたくなって読んでいる。

やまもも書斎記 2020年12月24日
『向田邦子と昭和の東京』川本三郎
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2020/12/24/9329899

この本が、向田邦子の直木賞受賞作ということになる。

向田邦子については、『父の詫び状』以来の読者でいるつもりである。これが出たとき、まだ学生のころだったろうか。テレビを持たない生活をしていた私にとっては、向田邦子は、脚本家であるよりも、まず、エッセイストであった。それが、小説も書くようになって直木賞をとることになった。

だが、この作品については、読んだという確かな記憶がない。手に取ったようにも覚えているのだが、いまではもう過去のことになってしまっている。新しい文庫本で読むことにした。

どれも巧いと感じさせる。短編小説の名手といっていいのだろう。特徴として思うこととしては、次の二点ぐらいがあるだろうか。

第一には、凝縮された時間。

どの短編も、非常に短い時間のながれをえがいている。その短い時間のなかに、過去の回想があり、思い出があり、小説の世界はふくらんでいく。そして、最後の一瞬のシーンで鮮やかに幕切れとなる。

これは、テレビドラマという時間の制約のある仕事で身につけた、作者ならではの感覚のなせるわざなのだろうと思う。

第二には、古風なことば。

これは、川本三郎が指摘していたことなので、特に留意して読むことになったのだが、この作品においては、ことばづかいが古風である。しかし、その文章、文体はまぎれもなく現代のものである。だが、そこで使用されることばにおいて、あえて古風な用語をえらんでいる。

これは、ドラマの脚本では、役者の台詞にはつかえないようなものであったのかもしれない。それを、自由につかうことを楽しんでいるかのごとく感じる。

以上の二点が、読んで思うことなどである。

それから、どの作品も、作品の発表された一九八〇年ごろよりも、ひとつ前の時代のことを描いている、あるいは、作品中に回想としてとりこんでいる。まさに、昭和という時代を描いた作品であると感じるゆえんである。

見てみると、向田邦子の作品の多くは、今でも文庫本で刊行されている。しばらく向田邦子の書いたものをまとめて読みかえしてみようかと思う。

2020年12月24日記

追記 2021-01-03
この続きは、
やまもも書斎記 2021年1月3日
『父の詫び状』向田邦子
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/01/03/9333732

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