『愉快なる地図』林芙美子/中公文庫2022-04-30

2022年4月30日 當山日出夫(とうやまひでお)

愉快なる地図

林芙美子.『愉快なる地図-台湾・樺太・パリへ-』(中公文庫).中央公論新社.2022
https://www.chuko.co.jp/bunko/2022/04/207200.html

林芙美子の紀行文集である。

行き先としては、タイトルにあるとおり、台湾であり、パリであり、樺太であり、それから、中国本土にも行っている。どれも昭和戦前のものである。

読んで思うことは、次の二点であろうか。

第一に、その行動力、たくましさ。

『放浪記』の著者である。社会の最下層というあたりの生活を経験している。そのなかでたくましく生き抜いている。その行動力で、フランスのパリに出かけて行き、そこでしばらく滞在している。行きはシベリア鉄道である。その旅行記として読んで面白い。

たった一人で出かけて行っている。フランス語は、少し勉強していったようだ。三等車の旅である。一般庶民、市井の人びとの視点で旅をして、その行く先々での交流がある。

台湾に行っても、また、樺太に行っても、作家の取材旅行というのとはちょっとちがう。ただ、珍しい外国(あるいは、外地)に行って、そこの人びとの生活を見ている。

第二に、記録としての興味。

このような読み方は、正しい読み方ではないのだろうと思うが、しかし、これらの文章に描かれる台湾であったり、パリであったりの、現地の風俗、人びとの生活、食べ物、宿など描写が、実に興味深い。まさに、林芙美子が三等車の旅をしてこそのものである。

昭和戦前の台湾は、日本の統治下にあった。また、中国では戦争をしていた。そのころの台湾の人びと、中国の人びとの暮らしの一端に触れるところがある。このようなところは、記録文としての興味で読んで面白い。

また、特に興味深いのは、林芙美子はものの値段を克明に記録している。旅に出て、何にいくらかかったのか明細が掲載になっている。たしか『放浪記』にも、ものの値段がかなり出てきていたと憶えているが、貧乏暮らしのなかで育って、作家になってからも三等車で旅をしている林芙美子ならではの、ものの見方がうかがわれるところである。

それにしても、中国という国は茫漠としている。このような国と戦争をして容易に勝てると思っていたということが、今になって、林芙美子の文章を読んで、信じがたい気がする。そして、このような中国のような国を統治するには、独裁的な政権によるほかはないのかと思ってみたりもする。

以上の二点が、読んで思うことなどである。

解説を書いているのは、川本三郎。適任というべきであろう。そういえば、川本三郎の『林芙美子の昭和』を読んだのは、随分と昔のことになる。出てすぐに買って読んだかと憶えている。どこかにしまいこんであるはずの本である。とりだしてきて、読みなおしてみたい気がする。(とりあえずは、今は、三島由紀夫を読むことを優先しようとは思っているのだが。)

2022年4月29日記

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