万両2022-12-21

2022年12月21日 當山日出夫

水曜日なので写真の日。今日は万両である。

前回は、
やまもも書斎記 2022年12月14日
千両
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2022/12/14/9547795

我が家にいくつかの万両の木がある。それがちょうど今、赤い実をつけている。これも、そのうち鳥が来て食べてしまうことになる。

夏になると白い花が咲く。秋になるころ、綠色の実ができる。寒くなってくると赤くなる。この木の実の移り変わりを見ていると、庭先で季節の変化をつよく感じる。

今は、庭にはほとんど花はない。山茶花の花もそろそろ終わりかけという感じになってきた。ヤツデの白い花が見える。ヤツデの花を見ると、冬になったと思う。

万両

万両

万両

万両

万両

万両

Nikon D500
TAMRON SP 90mm F/2.8 Di MACRO 1:1 VC USD

2022年12月21日記

追記 2022年12月28日
この続きは、
やまもも書斎記 2022年12月28日
万両
https://yamamomo.asablo.jp/blog/2022/12/28/9550904

映像の世紀バタフライエフェクト「戦場の女たち」2022-12-22

2022年12月22日 當山日出夫

映像の世紀バタフライエフェクト 戦場の女たち

「戦場の女たち」のタイトルを見てまず連想するのは、『戦争は女の顔をしていない』であろう。この本は読んだ。女性の証言から見えてくる戦場というものは、男性の視点とは違っている。非常に感銘をうけて読んだことを思い出す。

それから、近年話題になった本としては、『同志少女よ的を撃て』がある。これも読んでいる。

第二次世界大戦のときに活躍した、女性狙撃兵、また戦闘機搭乗員。ソ連軍であれ、ドイツ軍であれ、あるいは、連合国側であれ、多くの女性が戦争でたたかった。この回の放送から伝わってくるのは、戦争に加わる純粋な気持ちというものかもしれないと感じるところがあった。これを男性の視点から語るなら、戦争の是非は無論のこと、時の国際情勢や民族の問題などが、さまざまにからんでくることになるだろう。しかし、女性の視点から語られる戦争は、純粋な戦争……このような概念があるとしてなのだが……であると感じる。

思うことなのだが、戦争における女性を描くとなると、女性らしさというものが、逆説的に表面に出てくることになるかとも思う。戦争に男性も女性もないとは言うことができよう。だが、その中にあってあえて女性の視点を持ち込もうとすると、いわゆる女性らしさというものが、前面に出てくるということもある。(ここでは、今言われている性の多様性というような議論が出てこない。)

女性の視点から見た戦争、これはこれからのあるいは今の戦争を考えるうえで、非常に重要なポイントになることは間違いない。

2022年12月21日記

『一言芳談』小西甚一(校注)/ちくま学芸文庫2022-12-23

2022年12月23日 當山日出夫

一言芳談

小西甚一(校注).『一言芳談』(ちくま学芸文庫).筑摩書房.1998
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480084125/

ちくま学芸文庫で、今年(二〇二二)に創刊30周年記念ということで復刊になったものの一冊である。このさらにもとになった本は、一九七〇年の「日本の思想」である。

ちくま学芸文庫の復刊ということで買って読んでみることにした。読んで思うこととしては、次の二点ぐらいがある。

第一には、中世を感じるということ。

この本はどこから読んでもいいようなものかと思って、適当にページを繰って読んでみたのだが、そこに感じるのは、まさに中世の、浄土念仏思想の端的な表出である。このような書物が書かれた時代こそ、中世(鎌倉時代)と言っていいのだろうと思う。

緻密な論理体系を構築するというものではなく、小さなエピソードの集まりである。その一つ一つに、こんなことばにその生涯を託するような生き方があった、そんな時代があったのかと、強く感じるところがある。

第二に、古典ということ。

古典の校注としては、ちょっと古いかなと感じるところがないではない。だが、もとの本が、一九七〇年の本であるということを思ってみると、この時代までは、この「一言芳談」のような作品を「古典」として読む、読書の世界があったことが理解される。これが、今ではどうだろうか。ちくま学芸文の記念復刊ということで再び世に出ることにはなったが、普通の出版としては、もうこんな本はできないかと思う。世の中の古典離れは、進んでいる。

解説を書いているのは、臼井吉見である。読んで、『徒然草』『方丈記』のことなどが論じられているのだが、これも、今の観点からするならば、ちょっと古めかしい議論である。そうはいっても、このような内容の文章が一般に読まれるほどに、まだ『徒然草』や『方丈記』が、日常の読書のなかで生きていた時代があったのかと、ある意味で感慨深いものがある。

以上の二点のことなど思ってみる。

『一言芳談』は、むしろ『徒然草』の引用によって有名な作品かもしれない。『徒然草』が「教養」の書であり、また、そこから『一言芳談』へと目が向く、このような時代があったことになる。『徒然草』についても、読みなおしてみたくなった。

2022年12月19日記

『現代文解釈の方法 新訂版』遠藤嘉基・渡辺実/ちくま学芸文庫2022-12-24

2022年12月24日 當山日出夫

現代文解釈の方法

遠藤嘉基・渡辺実.『着眼と考え方 現代文解釈の方法 新訂版』(ちくま学芸文庫).筑摩書房.2022
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480511485/

この本の初版は、一九六〇年。新訂版は、一九七九年である。中央図書出版社。

去年、『現代文解釈の基礎』が文庫本(ちくま学芸文庫)で出て、今年、その続編が同じく文庫で刊行になったことになる。

読んで思うことはある、と書きたいところだが、そんなに細かく読んでいない。はっきり言って、もうこの本の組版を読むのがつらくなってきた。老眼である。解説はだいたい読み流して、問題文となっている文章を確認しながら読んだというところである。

このような読み方をしても、やはりこれは名著と言っていいだろう。

ただ、出典が古風である。三木清の文章など使ってあるが、もう今では三木清は読まれないかと思う。山崎正和とか、加藤周一ぐらいなら、今でも読まれるかと思う。丸山眞男は今でも多く読まれるだろう。総じて、問題に使ってある文章は、総合文明批評的な文章が多いかと感じる。これは、おそらく著者(渡辺実)の意向を反映してのものだろう。

その渡辺実が、『国語構文論』や『平安朝文章史』などを書いたのかと思って読むと、なるほどと考えるところがある。

この本を読んで、問題文にあつかわれた文章のいくつかを読みなおしてみたくなっている。

2022年12月23日記

『舞いあがれ!』あれこれ「翼を休める島」2022-12-25

2022年12月25日 當山日出夫

『舞いあがれ!』第12週「翼を休める島」
https://www.nhk.or.jp/maiagare/movie/week12/

舞は、航空会社に採用は決まったものの、実際の就職は一年延期になってしまう。リーマンショックのせいである。空いた期間、舞は五島に行くことになる。そこで、小学生の朝陽と出会う。また、岩倉の会社も経営が厳しいようだ。

このあたり展開は、実際の社会状況を踏まえての展開になっている。

印象に残るのは、ばんばのことばだろう。休むときは、その時にできることをしていればいい……このような意味のことを言っていた。今は、舞にとって休息の時間なのである。そこで、これからどうするかじっくりと考える時間が与えられたと思えばいいのかもしれない。

朝陽は、いわゆる発達障害ということなのかと思う。普通の学校の勉強についていくのが、うまくできない。しかし、自分の興味のあることは、すぐに憶える。その朝陽にとって、五島でばんばや舞に出会えたというのは、幸運なことであったようだ。

この週は特に飛行機のことが出てきたわけではない。リーマンショックの影響は、これからどうなるのだろうか。いやそれよりも、岩倉の会社の行く末も心配である。次週以降、舞は会社にかかわることになるようだ。どのようになるのか、続きを楽しみに見ることにしよう。(年末だから、一週間フルには放送が無いかなと思うのだが。)

2022年12月24日記

『ウクライナ戦争』小泉悠/ちくま新書2022-12-26

2022年12月26日 當山日出夫

ウクライナ戦争

小泉悠.『ウクライナ戦争』(ちくま新書).筑摩書房.2022
https://www.chikumashobo.co.jp/special/ukraine/

今年(二〇二二)の二月にウクライナで戦争が始まって以来、多くの軍事専門家、国際政治専門家が、マスコミに登場してきているのだが、そのなかで信用していい一人といいと思っている。

読んで印象に残っていることは、多くあるが二つばかり書いておく。

第一に、国民ということ。

この本ではあまり深くこの点について触れられていないと感じるのだが、ウクライナ戦争は、国民の戦争である。この本が使っている用語でいうならば、三位一体の戦争ということになる。

おそらく歴史の結果的には、この戦争が、ウクライナ国民というものを形成する大きなきっかけになったと回顧される時が来るのかもしれない。また同時に、ソ連崩壊後のロシアを、一つの国民国家として統合する契機になったと、考えるようになるかもしれない。国家と国家、その国民と国民が、それが有する軍事力で正面から対決している、いわば古典的な戦争なのである。

第二には、ロシア論と軍事論。

著者が信用できる論客の一人であると思うのは、自分の専門の議論の範囲をきちんと見極めているところにある。ロシアの専門家であり、軍事の専門家である。これは、言いかえるならば、国際政治や経済の専門家ではないということでもある。だが、これは、マイナスではない。自分の議論の領域に自覚的であり、それ以外のことについては、あえて沈黙を守るという自制が強くはたらいている。これは、ある意味では、専門家としての矜恃のなせるわざでもあろう。

ウクライナの問題は、軍事の議論だけでかたのつく問題ではない。無論、軍事的に戦争の帰趨がどうなるかはきわめて重要であるが。その他、経済の問題もある。ロシアとウクライナだけの問題ではなく、国際社会にとって非常に大きな問題となっている。

この本のバランスの良さは、ロシア論と軍事論が密接にからんで展開されていることであり、それ以外に、あえて言及しないという抑制のきいた論の進め方になっているところにある。

以上の二つのことを、思ってみる。

それにしても、ロシアはなぜ戦争を始めたのか……ということは、とりもなおさず、どのようにしてこの戦争を終わらせることができるのか、という議論に結びつく。ロシアと、軍事と、国際政治、経済、様々な論点がからむ問題であるが、この歴史の決着が見えるのは、かなり先のことになりそうである。

2022年12月23日記

『われら闇より天を見る』クリス・ウィタカー/鈴木恵(訳)2022-12-27

2022年12月27日 當山日出夫

われら闇より天を見る

クリス・ウィタカー.鈴木恵(訳).『われた闇より天を見る』.早川書房.2022
https://www.hayakawa-online.co.jp/shopdetail/000000015188/

今年のミステリ(海外)のベストと言っていい作品である。

すぐれたミステリというのは、読み終えてから冒頭を読みなおしてみたくなる。そして、この作品は、最後まで読んでから、冒頭を読みなおすと……ああ、こんなことが書いてあったのかと、驚く。

それにしても、このような作品を何と言えばいいのだろうか。広義にはミステリ、犯罪小説というジャンルに収まるかなとは思うのだが、それだけではない何かがある。いいことばが思いつかないのだが、文学的重厚さとしか言いようのない何かである。

この作品は、文学としてすぐれている。人間の生き方、苦悩、挫折、そして、希望……ある境遇におかれることになった人間たちの、人生が克明に描かれる。描かれる内容は、決して明るいものではない。ミステリであるから、当然のことながら事件はおこる。だが、ただその事件の謎解きに終わっていない。事件がおこった背景、その事件に巻きこまれることになった人びと、これを複数の視点を交錯させながら、重層的に描いていく。ミステリだが、読後感は暗い感じはしない。人間の未来への希望を感じさせるつくりになっている。これは巧みである。

ちょっと分量のある作品である。読むのに少し時間がかかった。だいたい一つの章を読むのに一日というペースで読んだだろうか。その間に、学校の授業があったりした。あるいは、一気に読み切ってしまったら、より感銘が深かった作品であるのかもしれないとも思う。

ともあれ、この作品が、ミステリのベストに選ばれるのは納得である。

2022年12月24日記

万両2022-12-28

2022年12月28日 當山日出夫

水曜日なので写真の日。今日は万両である。

前回は、
やまもも書斎記 2022年12月21日
万両
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2022/12/21/9549386

前回に引き続き万両である。ただ、今日のは色が白い。万両にも種類がある。実が赤くなるものと、白いものとである。我が家には赤くなるものが多いのだが、いくつか白いものもある。色が白いせいで、あまり目立たない。

年末で、寒くなっている。家のまわりの花といえば、山茶花が少し残っているぐらいである。ヤツデの白い花も見える。南天の実は、ほとんど鳥が食べてしまってなくなっている。千両、万両の実は、まだ残っている。

これで、今年の最後の写真になる。来年になれば、桜や梅の冬芽を写真に撮っていこうかと思っている。

万両

万両

万両

万両

万両

万両

Nikon D500
SIGMA APO MACRO 150mm F2.8 EX DG OS HSM

2022年12月28日記

『舞いあがれ!』あれこれ「向かい風の中で」2022-12-29

2022年12月29日 當山日出夫

『舞いあがれ』第13週「向かい風の中で」
https://www.nhk.or.jp/maiagare/movie/week13/

年末なので、水曜日までの放送である。この週は、東大阪の岩倉の会社が舞台だった。

就職までの間、舞は、岩倉の工場を手伝うことになる。会社は経営が厳しい。リーマンショックのせいである。その会社で、舞は、パート社員が辞めたあとの、梱包の仕事をする。父親が胃潰瘍で入院するということになる。

この週では飛行機のことはほとんど出てきていない。東大阪の町工場の苦境を描いていた。このドラマは、舞のパイロットになる過程を描きながら、その当時の人びとの暮らしとして、五島の生活を描き、また、東大阪の町工場のことを描いている。

すぐにパイロットの仕事に就くことのできなかった舞であるが、しかし、確実に成長していっている。朝ドラは、女性を主人公とする教養小説ドラマであると言ってしまえばそれまでなのだが、特にこのドラマでは、舞の成長の過程を丁寧に描いている。週の終わりのところで、パイロットの仕事は、リレーのアンカーであると、父親に語っていた。このあたりは、これから、舞がパイロットになるにあたっての伏線になっているのだろうと思う。

ところで、見ていて気づいたことなのだが……どうでもいいことなのだが……工場の笠巻の眼鏡は、本当の眼鏡になっている。普通、ドラマでは、眼鏡はレンズになっていないことが多い。ちなみに、先日終了した、夕方放送の「ひまわり」では、藤村志保が、老眼鏡を使っていたのに気づいた。

さて、次週はお正月明けである。岩倉の会社をめぐって物語は展開するようだ。来年も続きを楽しみに見ることにしよう。

2022年12月28日記

『世界は五反田から始まった』星野博美2022-12-30

2022年12月30日 當山日出夫

世界は五反田から始まった

星野博美.『世界は五反田から始まった』.ゲンロン.2022
https://www.genron-alpha.com/gotanda/

大佛次郎賞ということで読んでみた。なかなか面白いというのが第一の感想。思うことは、いろいろあるが二つぐらい書いておく。

第一に、五反田という街の物語として。

私は若いとき東京に住んでいたとき、目黒に主にいた。他には、板橋にしばらく住んでいたことがある。JRの目黒駅から歩いていける範囲であった。鳳神社の近くである。目黒駅界隈が、私にとって一番馴染みのある街ということになる。その周辺の地域として、五反田もあることになる。

五反田のあたりも大きく変わった。私が学生のころだったろうか、五反田の駅の近くには、「三業」の看板がかかっていたものである。歓楽街としての五反田を象徴するものだろう。

その五反田の町工場の盛衰が、この本では語られる。五反田の町工場から見た日本の近代の一面と言っていいだろうか。

そから、印象に残るのが、満州への移民が多く東京、それも五反田界隈から出ていること。その顛末は、この本に詳しい。

また、東京の空襲のことも書いてある。目黒あたりの空襲のことは、例えば向田邦子がエッセイに書いている。また、山田風太郎も『戦中派不戦日記』で記している。その空襲のありさまと、そのときに人びとはどのように感じ、考え、行動したか……このあたりの記述は非常に興味深い。

このようなところを読むと、大佛次郎賞に納得がいく。

第二に、左翼的な立場について。

著者は、反体制的左翼の立場にたって書いている。このことを悪いともいいとも思わないが、しかし、今の時代となっては、ほとんど絶滅危惧種のような左翼的発想に、読み始めは辟易するところもないではないが、読み進めていくにしたがって、よく今の時代にこんな考えの持ち主が生き残っていたものかと、感心してしまう。これはこれとして、絵に描いたような古典的左翼の標本のような文章になっている。

以上の二点が、この本を読んで思うところである。

東京に行っても、目黒も五反田も変わってしまった。私が住んでいたのは、いまから半世紀も前のことになる。その当時の街の光景とはがらりと変わってしまった。街の記憶の物語として、この本は読まれていくことだろうと思う。

2022年12月25日記