BS世界のドキュメンタリー「ドイツの内なる脅威 躍進する“極右”政党」2025-02-04

2025年2月4日 當山日出夫

BS世界のドキュメンタリー 「ドイツの内なる脅威 躍進する“極右”政党」

二〇二四年、イギリス、アメリカの制作。

この番組自体は、どちらかといえばリベラルより、あるいは、反右翼、という立場で作ってある。これは、今の時代のジャーナリズムのあり方としては、普通かと思う。

そうはいっても、ドイツの右翼政党(あるいは、立場によっては、極右政党と見ることになる)のAfDの主張も、取材している。

このような番組について、私が考えることとしては、何故、多くの人びとがAfDを支持することになっているのか、ということの背景について語っているかどうか、ということである。AfDは、ドイツへの移民のこれ以上の増加を歓迎しない。あるいは、排斥しようとしている。これは、主張としてはたしかにそのとおりなのだが、では、何故、ドイツにすむ人びとが、そのような気持ちになるのか、現実を見ることが重要だと思っている。

ドイツ国内で、イスラム系の人びとが、どこにどれぐらい生活していて、そこでの暮らしぶりはどんななのか、地元にもとからいる人たちはとはどうなっているのか、このあたりのことをきちんとふまえないで、ただ、双方の主張だけを並べても意味はない、と思うのである。

人間は同じような文化や宗教や価値観を持ったものどうしで、仲間をつくりたがるものである。これは、右派も左派も同じである。現実に、リベラルという人たちも、その主張を共有する人間同士で、仲間をつくっている。問題なのは、それと異なる価値観をいだく人に対して、どう接するかということになる。

自分たちの価値観を共有しないというだけで、犯罪者あつかいするのは、どうだろうかと思うこともある。

興味深かったのは、リベラル側のデモの映像。ここで、多様性をかかげてレインボーフラッグを持っている人がいた。移民に対して寛容であれ、という主張なのだろうと思う。だが、イスラムの教義はで同性愛は認められない罪である、ということを分かっているのだろうか。多様な価値観を認めるべきだといいながら、その結果として、不寛容な価値観を持つことを肯定することになる。多様性を主張するときに、性的多様性に不寛容な人たちも許容せよ、というのは矛盾している。(だからといって、私は、イスラムの教えを否定するつもりはまったくない。その教義のなかで普通に生活する人びとのことは、尊重されなければならない。)

番組の中でも指摘されていることだが、右翼政党の活動を取材するのに、隠れてしのびこんでこっそりと、そこにいる人間の姿を写したり、手紙の宛名を記録したり、これはどう考えてみても、正統な取材方法とはいえないだろう。(完全に違法とはいえないかもしれないが。)目的が正しければ、どんな手段をとってもかまわないという発想は、きわめて危険である。

番組の意図としては、AfDの脅威ということを伝えたかったのかと思うが、結果的には、いわゆるリベラル側の問題点を露呈することになったかと思うことになる。

2025年1月23日記

よみがえる新日本紀行「都ぞ弥生〜札幌・北大恵迪寮〜」2025-02-04

2025年2月4日 當山日出夫

よみがえる新日本紀行 都ぞ弥生〜札幌・北大恵迪寮〜

たまたま私が勉強してきた分野が、国語学、日本語学のなかでも、訓点語、文字、表記、ということなので、(その分野に知識のある人にとってはよく知られていることだが)、北海道大学の関係者には知り合いが多い。そこの先生であったり、卒業生であったりという人たちとは、学会などでよく話しをした。(もう、今では、ほとんど学会にも出なくなってしまったが。)

もとの番組は、昭和五〇年の放送である。ちょうどこの時期、私が、大学生になって東京で一人暮らしをはじめたころになる。同じ時代、北海道大学で勉強していた人たち(番組に映っていた)とは、ほぼ同年配ということになる。

昭和五〇年ごろは、その数年前までの、七〇年安保闘争が終わって、全国の大学がようやく平穏をとりもどしたころだったと、今から回顧することになる。都会……特に東京……の若者は、おしゃれに見えた。この時代、ちまたに流行った歌でいえば、『神田川』(かぐや姫)、『木綿のハンカチーフ』(太田裕美)、などが印象に残っている。まさに、この時代の学生の感覚を表している。

一方で、戦前からの旧制高校、大学での、バンカラの気風も一部には残っていた。私が学んだのは、慶應義塾大学の文学部であったが、春と秋の慶早戦(慶應の場合、こういう言い方になる)では、随分と無茶をする学生もいた。慶應の場合であれば、日比谷公園の噴水でおよぐということになるが……もう、今では、このようなことはなくなっているだろうと思うが。

北大の恵迪寮の生活は、旧制の高校、予科、などの雰囲気を色濃く残していたことになる。この時代、このような学生の生活があったということは、記録には残っていていいことだと思う。ストーム映像などは貴重なものかもしれない。

いまなお、この恵迪寮の生活は、古くからの「伝統」を残しているようだ。世の中に、このようなところがあってもいいと私は思っている。(今時の学生だから、昔のような無茶なことはしないだろう。)

『都ぞ弥生』の歌は知っている。いつ憶えたかは定かではないが、私の年代ならば、若いときにどこかで耳にしたことがあったはずである。その歌をうたうとき、「アインス、ツヴァイ、ドライ」とドイツ語で言っているのは、まさに、旧制の高校以来の、これも「伝統」というべきことになる。

少し前のことになるが、「ドキュメント72時間」で、この恵迪寮のことをあつかっていたのを思い出した。寮に女子学生が入るようになり、個室もある、これも時代の流れである。

2025年2月2日記

BS世界のドキュメンタリー「インビジブル・ネーション 蔡英文が語る台湾」2025-02-05

2025年2月6日 當山日出夫

BS世界のドキュメンタリー 「インビジブル・ネーション 蔡英文が語る台湾」

2023年、台湾、アメリカの制作。

こういうような番組は、もう日本のテレビ局では無理なのだろうか。私には、そんなに過激に中国を刺激しているとも、見えないのだけれども。今の台湾の人たちが、何を思っているのか、その実情を細やかに描いていると感じる。

私の世代だと、国連の代表が、中華民国(台湾)から、中華人民共和国(いわゆる今の中国)に変わったときのことは、ニュースで記憶している。私自身の感覚としては、台湾というのは、独立した国家であると思う。また、そうあるべきである。

中国共産党が、一つの中国にこだわるのは、それなりの理由があってのことではあるが、しかし、それであからまに武力で恫喝するような行為は、どうかなと思う。懸念すべきは、いわゆる台湾有事であるが、これは、すでに始まっているというのが、私の認識である。ハイブリッド戦争……ということであるなら、すでに戦時中である。ただ、実際にミサイルが飛んだり、流血の事態になっていないだけである。無論、台湾有事は、日本にとってもおおごとである。台湾周辺の制海権、制空権を考えるならば、日本の領土が範囲内に入ること、戦場になることは、理の当然である。

台湾は、民主的な国家であり、経済的に成功している、ということは誰しもが認めざるをえないことであるにちがいない。この民主的で経済的に成功、ということが、中国共産党にとっては、もっとも気に入らないポイントになるのだろうけれど。

歴史的に、台湾は、中国のものだったということはない……おそらく、学問的にはこのことが正しい。だが、中国では、学問的正確さよりも、政治が優先する。

ただ、この番組のなかで言っていなかったことは、台湾にもともとからいた人びとのことである。いわゆる先住民族、少数民族であるが、これらの人びとをふくめて、現在の台湾の政府を支持している、ということが重要なことになるかと思う。

革命を経ずに民主化したということについては、韓国も同様である。(韓国についていえば、その独立は、日本の敗戦ということでもたらされたものだし、朝鮮戦争の後の軍事政権からの民主化も、革命があってのことではない。このあたりが、日本に対する屈折した心情ということになるのだろうと思っている。)

番組のなかで、習近平が、中国はこれまでに他民族を支配したりしたことはないと言っていたシーンが映っていたが、まさか、これを額面通りに受けとめる人はいないはずである。中国の歴史は、幾多の民族の治乱興亡の歴史だと思っている。中国の今の政権は、こんなことを白々しく堂々と言うということが、印象づけられることになる。そして、このことは、かつての国民党の時代の歴史を残そうとしている、今の台湾の姿と対比されることになる。

台湾とアメリカの制作だが、映像が非常にいい。また、蔡英文が魅力的に描かれている。こういう作り方もあっていいと思う。

2025年1月30日記

100分de名著「デュルケーム“社会分業論” (1)個人化/孤立化の時代に向き合う」2025-02-05

2025年2月6日 當山日出夫

100分de名著 デュルケーム“社会分業論” (1)個人化/孤立化の時代に向き合う

デュルケームの名前は、知っているのだが、近代の社会学の祖という程度の知識しかもっていない。

時代の背景として、一九世紀から二〇世紀にかけての近代ヨーロッパというものを、歴史的に考えないといけないだろう、ということは分かる。近代的な科学的な思考がひろまり、都市部における近代的市民というものが成立してきた時代である。番組のなかでは、コッホやダーウィンやマリ・キュリーなどが出てきていたが、そのなかにマルクスやウェーバー、それから、フロイトなどをふくめてもいいかもしれない。

社会にあって人間を拘束する何かがあるのであり、それを社会的事実として客観的にモノとして観察する……たしかに、そのとおりである。

ただ、これも、現代の価値観からするならば、それを観察する自分自身が、その歴史的文化的文脈のなかに存在する人間なのであって、ということをどう考えるのか……ここのところが問題になるはずである。逆にいえば、デュルケームの時代には、単純素朴に社会的事象について、客観的に観察が可能ということが、信じることができた時代であった、ということになる。

社会と個人ということだが、ヨーロッパでもこの時代は、まだ、社会の共同体としての感覚が、まだ強く生きのこっていた時代だろうとは思う。人間が帰属する伝統的社会に帰ろうと思えば、それがまだ存在していた時代でもあったといえるかもしれない。

2025年2月4日記

カラーでよみがえる映像の世紀「(1)20世紀の幕開け」2025-02-05

2025年2月6日 當山日出夫

カラーでよみがえる映像の世紀 (1)20世紀の幕開け 〜カメラは歴史の断片をとらえ始めた〜

「映像の世紀」が放送が始まったのは、一九九五年、ということは、リュミエール兄弟によって映画が作られてから、一〇〇年後のことということになる。一九九五年のころに、こういう番組を作るということは、第一には、こんな珍しい過去の映像が残っていたのか、という驚きにあった。その後、このシリーズは、全部を見たということはなかったが、気のつくかぎりは見ていた。そして、「映像の世紀」「新・映像の世紀」「映像の世紀プレミアム」とつづき、数年前に、これらをまとめて順番に再放送していったのは、全部見た。この後に、今の「映像の世紀バタフライエフェクト」になって、これはたぶん全部見ていると思う。

「映像の世紀」シリーズで、カラー化するのは、これが始めてではない。しばらく前に、どの回であったかは憶えていないが、カラー化したのを放送したのを憶えている。

私は、基本的には、こういうカラー化には反対である。記録映像は、その当時の技術で何が記録できたか、ということが重要なことの一つである。その時代の技術で出来なかったことを、今の技術で再現してみてもあまり意味がないと考える。しかし、それを分かったうえで見ると、映像により説得力があるのは事実であるが。

これも、今回の企画のように、第二次世界大戦ごろまでが、かろうじて意味のある時代ということになる。一九四〇年ごろになると、カラーフィルムが実用化されるので、カラーで残る映像が存在するようになる。そうすると、その時代にあって貴重なカラーフィルムを使って、何を撮ったかということの選択が、資料として重要な意味を持つようになる。(太平洋戦争中、アメリカ軍の艦艇に向かってくる日本軍の特攻機の映像もカラーで残っている。これは、アメリカ軍にとって、日本の特攻機をカラーフィルムで記録するに価するものと考えていたことになる。)

だが、モノクロが当然である時代のことについては、カラーフィルムという選択肢がまだ無かった時代なので、かろうじて、このようなカラー化も意味が見いだせることになる。

見ていて思うことはいろいろとある。何よりも、番組を作る側の歴史観である。最初の「映像の世紀」では、一般的な歴史観に沿って作ってある。知られていないが、歴史の裏側でこんなことがあった、というような視点は、あまり持ち込んでいない。貴重なフィルムの存在によって、実際はこんなふうだったと認識することはある。たとえば、実際に踊っているイサドラ・ダンカンの映像などが、そうである。

番組制作の歴史観が表面に出るようになったのは、「映像の世紀プレミアム」からであるかと思う。これは、テーマの設定自体が、一つの歴史の見方を示すことになる。今の「映像の世紀バタフライエフェクト」は、良くも悪くも偏った歴史観、ということを感じる。最近の事例としては、「カラシニコフを持ったベトコン」が登場しないベトナム戦争、というのには、やはり違和感を感じる。

あるいは、もう一般的に共有できるような大きな物語としての歴史観を人びとが共有できなくなった、ということもあるだろう。最初の「映像の世紀」のころは、ベルリンの壁の崩壊、東西冷戦の終結、ということで、ある意味では、それまでの歴史をかなり統一的な見方で見ることが、かろうじて可能だった時期といってもいいかもしれない。

最初の放送からの研究で、評価が変わった部分があるという断り書きから始まっていたが、実際にはどの部分であるのか、分かると面白い。私の記憶にある範囲だと、ロマノフ王朝の王女、アナスタシアが実際に死亡していたということが確定したということが、あるかと思う。

あるいは、昔は本物の映像記録だと思われていたものが、その後の研究で、後になってからの、いわゆるやらせ映像であったことが判明した、ということもあるはずである。この観点では、日露戦争時の、28サンチ砲の映像は本物ということであったが、これはとても興味深い。(ちょうど、『坂の上の雲』の再放送で、児玉源太郎が出てきて、二〇三高地の戦いになるところである。)

リュミエール兄弟の作った最初の映画、工場から出てくる人びとのカラー映像は、非常に興味深く見た。また、一九世紀末から二〇世紀の初頭にかけてのパリやロンドンの映像は、『失われた時を求めて』を読んだり、ロンドン留学の夏目漱石を思ったり、あるいは、シャーロック・ホームズの活躍したロンドンの街を想像したりということで、とても面白いと思う。

始めの方で、ゴーリキーのことばとして、映画の発明は人びとの考え方を変えるだろうという意味のことを紹介してあったが、たしかにそのとおりであった。今の時代、インターネットからスマホの時代になって、大きく人びとの意識は変わった。

また、初期の映画はいうまでもなく音がなかった。しかし、このことが、音の無い世界の動く映像ということで、ある意味で非常に衝撃的な体験となったことは、興味深いことである。今の我々は、映画が登場したとき、音が出るようになったとき、このときの体験を、想像してみることしかできなくなっている。スマホひとつあれば、映像も音声も記録し、あるいは、作ることもできる時代である。

2025年2月4日記

『坂の上の雲』「(21)二〇三高地(前編)」2025-02-06

2025年2月6日 當山日出夫

『坂の上の雲』 「(21)二○三高地(前編)」

ようやくだが、

『二〇三高地 旅順攻囲戦と乃木希典の決断』(角川新書). 長南政義.KADOKAWA.2004

を読んだ。去年の夏に出た本だが、部屋の中に積んであったものである。この本を読んだことをふまえて、ドラマの「二〇三高地」の回を見ることになった。

NHKの作った『坂の上の雲』のドラマは、近代の国民国家というものを、日露戦争を通じて描くことには、成功しているといっていいだろうが、しかし、その一方で、戦争をあまりにも感情的に描きすぎている。というよりも、戦争における、戦術、戦略、それから、作戦、という技術的な面を、あまりにも軽んじている。この観点からは失敗であるといってよい。

だが、日本で作る戦争のドラマとして、このようになってしまうことは、理解はできるつもりではある。これまでの多くの戦争映画やドラマの蓄積としては、かなり緻密で大胆な脚本であるとは思うが、やはり、戦争を精神論で語る、ということは避けることができていない。

まず、日露戦争が何を原因として起こり、何を目的として戦ったのか。これまでのこととしては、東方へ勢力をのばしてくるロシアに対する防衛戦争、という解釈であった。では、それを阻止するために、何を達成すればよいのか、日本が戦争で目的としたものが何であったか、具体的にはしめされていなかった。(これは、その後の太平洋戦争でも同じかと思う。アメリカ相手に戦争して、何を達成すればいいのか、ということになる。歴史的には、大東亜共栄圏の確立というのは、後付けの理由ということなるはずだが。)

その戦争において、旅順のロシア軍の要塞がどういう意味をもつのか、それは壊滅させねばならないものなのか、あるいは、旅順港のロシア艦隊が問題であったのか、このあたりの判断が、はっきりとしめされていない。日本海の制海権、ロジスティックスの確保、という観点からは、旅順艦隊の存在が脅威であり、なんとかこれを封じ込めなければならない。初期の旅順港閉塞作戦は、これを意図したものであった。

旅順要塞を攻撃することについての陸軍の戦略の意義(要塞を陥落させた後に、第三軍を満州に投入する)と、海軍としては旅順港の艦隊を陸上から攻撃するために二〇三高地を観測点として確保する、これは、戦略の目的が異なる。そして、そのための戦術も作戦も異なってくることになる。

第三軍の司令官としての乃木希典の意図したことと、連合艦隊で秋山真之が考えていたことが、乖離していたことになる。また、このことについて、陸海軍を統合して、どのようにして、旅順要塞、旅順艦隊を、攻撃することになるのか、統一的な見識がなかった、といっていいかもしれない。まあ、結果的には、旅順は陥落し、旅順艦隊も殲滅することができたので、成功した戦争ということにはなる。

だが、その結果にいたる意志決定がどのようであったのか、その根拠となった、戦争についての大局的な判断、また、旅順要塞をめぐるインテリジェンスの実態、こういうことが、このドラマを見ていてほとんど分からない。

歴史の結果としては、乃木希典は二〇三高地を奪い、そして、旅順を手に入れたことになるが、その結果にいたるまでに、どのような状況判断があって、何を考えて、どのような作戦を計画したのか……このあたりのことが、ドラマを見ていて理解できない。これは、司馬遼太郎の『坂の上の雲』を読んでも同様である。小説では、乃木希典は愚将として描かれている。それに対して、戦争の大局を見て作戦をたてたのが児玉源太郎ということになっている。28サンチ砲の投入は、児玉源太郎の賢明な判断であったということになっている。

だが、長南政義の本を読むと、乃木希典は、決して愚将というべきではなく、軍人として的確に判断していたということになるらしい。(この評価については、軍事史の専門家が、さらにどう考えるか、ということになる。)

戦争を技術的に描くことも、必要だろう。この当時の軍事の常識的判断として、要塞の攻略は、どのようにすすめるべきものであったのか、ここのところはきちんと描いておくべきことだったと思う。ドラマの画面では、要塞に近づくために、ジグザグに塹壕を掘っていったということのようだが、このような戦術については、しかるべく説明してあった方がよかったと思う。ただ肉弾攻撃ばかりで敵の機関銃の餌食になる、というような描写だけでは、まあドラマとして戦場の映像としては迫力はあるが、この戦争の実態がどうであったかの理解には役にたたないかもしれない。

乃木希典を人格者として描くことはいいとしても、軍の統率者として部下や兵卒からどう見られていたのか、ということも重要である。それをふまえないでは、司令官としての乃木希典も描くことはできないはずである。何故、兵士たちは無謀ともいえる戦場に向かったのか、戦場における兵士、軍人の心理こそ描くべきことである。

また、絶対に言ってはいけないことは……ここで退却したら死んだ兵士にもうしわけない、という論理である。このことは、確かに心情としては理解できることであるし、死者とともに今生きてている人間が存在するという感覚は大事である。しかし、これを戦争を継続することの理由にしてはいけない。このことは、その後、日本が大陸に進出して引くに引けなくなっていく過程を考えると、非情なようだが、冷静な政治的判断、軍事的判断が、求められるところである。

つくづく、戦争のドラマとは難しいものだと思う。

2025年2月5日記

新プロジェクトX「ゴジラ、アカデミー賞を喰う」2025-02-06

2025年2月6日 當山日出夫

新プロジェクトX ゴジラ、アカデミー賞を喰う〜VFXに人生をかけた精鋭たち〜

この映画は、私は見ていない。そもそも、ここしばらくまったく外に出て映画館で映画を見るということがない。

「新プロジェクト」という番組は、どうしても、人間ドラマとして番組を作ってしまうので、技術的なことにはほとんど触れない。しかし、そうはいっても、VFXの制作の現場を、よく取材したものだとは思う。

気になったのは、「VFX」ということばと「CG」ということばが、厳密にはどう違うのか、ということを曖昧にしたままだった。ただ、コンピュータで映像を作るだけのことと、それを実写の映像と合成してリアルに見せることとは、ちょっと違うはずなのだが。

山崎貴の『ALWAYS 三丁目の夕陽』は、テレビの放送を見たのを憶えている。うまいなあと感じたのは、冒頭のシーン。少年が作った飛行機のおもちゃが空に飛んで、その背景に作りかけの東京タワーと町並みが見える(だったと思うが)、こういうのは、やはりVFXならではの映像である。

この映画、ラストのところで、ロクちゃん(堀北真希)が青森に帰る列車ががら空きの状態だったのは、この時代を知っている人間としては、どうにもいただけない。ここをその当時のリアルに作ってはいけない理由も思い当たらない。

VFXが評価されるというのは、ただ本当らしく見えるということだけではだめで、それが映画のなかで効果的に使われているかどうか、だと私は思う。この意味では、まったくのVFXだけで作る、宇宙のシーンなどと、その実際の姿を見る人の多くが体験的に記憶している、昭和三〇年ごろの東京とは、その評価のポイントは違ってくるだろう。

ハリウッドにおいついた、ということもそうだろうと思うが、使っているコンピュータの性能が上がってきた、ということもあるにちがいない。

VFXが価値を持つのは、映画のなかで説得力のある映像となったときであろう。それにいたる、脚本や演出はもちろん、実写部分の俳優の演技などをふくめて、総合的に映画はなりたつ。強いていえば、今回の「新プロジェクトX」の企画で、忘れていたのは、この映画を作る、ということの基本であったように感じる。

また、これからは、(すでにそうかもしれないが)、VFXにAI技術を利用することになるだろう。では、人間の作ることの意味は何であるのか、ここのところも問いかけ蹴るべきだったことかとも思う。

2025年2月4日記

ドキュメント20min.「NOフカシTV」2025-02-06

2025年2月6日 當山日出夫

ドキュメント20min. NOフカシTV

録画してあったのをようやく見た。

カニの映像。日本海でのカニ漁については、漁船から海にカゴを入れるシーンは、ニュースなどで見たことあるが、その中にエサとしてサバがいれてあって、一〇日ほど沈めておくというこは、始めて知った。

深海だが、一〇〇〇メートルなら、光はとどかないはずである。水圧に耐える構造も必要だろうが、照明をどのようにしたのか、ということが気になる。普通の可視光線で撮ったということのようだが、このような光は、海底にいるカニが目にするものではないはずである。この光にどう反応していたのか、ということも気になる。

しかし、海底のカニが、あんなに俊敏に動くものだということは、始めて知った。

ボーリングの映像。この装置を作った人が、『光る君へ』で曲水の宴の鳥を作った人であるというのは、とても面白かった。これは、「100カメ」で見た。他にも、『まれ』のお人形も作ったらしい。

たしかにボーリングのピンから見たらどうなるか、という映像は、これが始めてだろう。映像の面白さもあるが、そのためのカメラの設定と、保護用のペットの取り付けが、言われてみれば、湾曲させて衝撃を分散するというのは、そういうものかと思う。

この企画、映像の興味というよりも、むしろ、それを撮影するための機材の準備ということの方が、私には面白い。

2025年2月3日記

映像の世紀バタフライエフェクト「ラストエンペラー 溥儀 財宝と流転の人生」2025-02-07

2025年2月7日 當山日出夫

映像の世紀バタフライエフェクト ラストエンペラー 溥儀 財宝と流転の人生

これまでに「映像の世紀」シリーズでは、溥儀は何度も登場している。こういう人生もあるのか、という気持ちで見ていた。この回を見て、最後に気になることは、溥儀ははたして思想改造を受け入れたのか、ということである。共産党に屈服するようにみせかけただけで、その本心は違っていたのかもしれない。ひょっとすると、清朝復辟を思っていたとしても不思議ではない。

溥儀について、中国共産党のプロパガンダに利用したという言い方をしたのは、「映像の世紀」シリーズのなかでは初めてのことかもしれないと思うが、どうだっただろうか。

おそらくこのような人生を経た人間は、もうどのような人も思想も信じなくなるのではないか。人を愛することも、信頼することも、出来なくなってしまったのかと想像してみることになる。

溥儀が紫禁城から持ち出した財宝の行方も気になることだが……そのいくつかは、今の中国から出てしまった富豪が持っていたりしても、これはおどろくことではないと感じる。おそらくは、表には知られていないだけで、闇の裏世界では、美術コレクターの間を流れているのかもしれない。まあ、そのうちいくつかは、戦禍の犠牲になったものもあったかとも思うが。

これをふくめて、清朝の財宝を、今、どこでだれが持っているのか……「故宮博物院」の所蔵をふくめて……というのは、非常に面白い歴史があるのだろう。今から、勉強してみようとは思わないけれど。

どうでもいいことだが、以前、立命館大学の文学部で非常勤で教えることがあったとき、講師室のメールボックスの始めの方に……あいうえお順でも、abc順でも始めにくる……愛新覚羅という名前を見たときは、正直、おどろいたものである。が、これも考えれば、不思議なことではない。満州語の専門家としてであったが。

2025年2月4日記

3か月でマスターする江戸時代「(5)華やかな「元禄文化」はどのように生まれた?」2025-02-07

2025年2月7日 當山日出夫

3か月でマスターする江戸時代 (5)華やかな「元禄文化」はどのように生まれた?

元禄文化についてであったが、ちょっと気になったことがある。

近松門左衛門のことが出てきていたが、その時の映像は、現代の文楽のものであった。これはいいとしても、近松門左衛門の時代の人形浄瑠璃は、人形は一人でつかっていた、というのが私の知っているところである。三人づかいになったのは、後のことである。(人形浄瑠璃と言うのは正しい。現代は、文楽と言っているが、これは、文楽座という劇団の名称に由来する、新しい言い方である。)

井原西鶴の『好色一代男』のことについては、世之介が三〇〇〇人の女性を相手にしたというのはいいとして(たしかにそのように書いてある)、男性も相手にしている。決して、世之介の性の対象は、女性に限定されていたわけではない。男色もあった。さて、これは、この番組を作るときに、意図的に言わなかったことなのだろうか。(国文学など勉強したことからいえば、江戸時代の男色は、近代になってからのような潔癖な倫理観にもとづくタブーではなかった。陰間茶屋のことなどは、国文学の常識である。)

近世の出版文化史ということは、確かに近年になって研究が非常にすすんだ分野である。その背景には、近世になってからのリテラシーの向上ということもある。また、国語史、日本語史の立場からいうと、浮世草子に見られるような、漢字仮名交じりの文章の成立と普及ということがある。それは、もうすこしさかのぼって、近世初期の仮名草子ぐらいから歴史をたどる必要がある。(余計なことかもしれないが、近世の出版文化を語るならば、古活字版のことには触れておいてほしい。)

元禄時代になって、全国の耕地面積が増大した。農業生産力が向上したということは、そのとおりなのだろうが、同時に気になるのは、そこで増大した農作物が、どのように流通し、消費されたということである。また、農業以外の、漁業はどうだったのか。また、農業の生産力の増大が、年貢に依存する武士の生活にどう影響することになったのか、ということも気になる。

西回り航路、東回り航路で、ものの流通があって、大阪が天下の台所になった、ということはそうなのだろうと思うが、これは、同時に、それぞれの航路にある港と港をつなぐ文化の伝搬があったことにもなる。また、大阪に集められた物資は、どのように、消費され、流通したのかということも、気になることである。

松尾芭蕉について、重要なのは、その旅をささえる人びと……全国にちらばる徘徊の仲間……があったことは、そのとおりだと思う。ここで気になったのは、俳句と言っていたこと。これは、NHKのこの番組としてはしかたないことかと思うが、文学研究の立場からすれば、芭蕉の時代であれば、俳諧でなければならない。

それから、前近代の時代において、旅から旅に生きる人びとがいたことも重要だろう。その延長に、宮本常一のような仕事もありえたことになる。ただ、歴史学として、『忘れられた日本人』の生活を、江戸時代以前のどこぐらいまでさかのぼって考えることができるのか、ということは、かなり難しいことにはちがいない。

このシリーズで、これまでに、江戸時代の人口とか村落の家族構成ということについては、触れていない。あつかいには難しいところもあるかとも思うが、歴史人口学の成果は、認めるべきではないだろうか。(なお、私が慶應義塾大学の学生のころ、経済学部の速水融さんのことは知っていたのだが、その受業をこっそりと聞いてみようというところまではしなかった。)

農書、農業全書というような書物が、どのような人びとに読まれたかということは、重要なことにちがいない。まったく受容がないところに、このような書物の出版はありえない。それだけ、生活に余裕があり、リテラシを持った、上層の農民という人びとが、各地に存在したということになる。本の書き手、その刊行にかかわった本屋、それを読んだ人たち……これらを、総合的に考えなければならないことになる。

2025年2月6日記