『転落』カミュ/前山悠(訳)/光文社古典新訳文庫2023-07-09

2023年7月9日 當山日出夫

転落

カミュ.前山悠(訳).『転落』(光文社古典新訳文庫).光文社.2023
https://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334754778

『転落』の新しい訳である。むかし、新潮文庫版で読んだことは覚えているのだが、この作品についてさほど鮮明な記憶はなかった。今回、光文社古典新訳文庫で新しく訳がでたので、読んでみることにした。

これほど面白い小説だったのか、というのがまず思うことである。アムステルダムの夜、酒場、そこで語られる物語……この語りのなかに思わず引きこまれて読んでしまう。小説としての面白さということでも一級の作品であることが理解される。

そして思うことは、この小説の語りはいったい何なのだろう。寓話のかたまりのような印象をうける。『ペスト』とか『異邦人』とか読んだ印象が残っているせいかもしれない。カミュの作品にあることばをそのまま単純に受けとめるのではなく、そこに隠された寓意というものを詮索したくなる。

全体を通しての語りのうまさ、物語的面白さ、それと、寓意……これがないまぜになったところにこの作品の魅力があるといってよい。

ただ、今になって、その寓意の意味するところを詮索して読んでみようという気にもならないでいる。小説的な面白さだけで、私には十分である。

2023年4月3日記

『らんまん』あれこれ「ホウライシダ」2023-07-09

2023年7月9日 當山日出夫

『らんまん』第14週「ホウライシダ」

この週は、田邊教授に同情するところがある。一般的な見方からするならば、田邊教授は万太郎の敵役ということになるのだろうが、このドラマでは、ただ万太郎の前に立ちふさがるだけの人物とはなっていない。

明治の初めである。ようやく鹿鳴館という時代。アメリカに留学して、東京大学の植物学の教授の地位にある。まだこの当時、大学は東京大学しかないから、日本でただ一人の専門家であり権威であると言ってもいいだろう。また、留学に際しては政府要人とのつながりもある。

このような田邊教授にとって、日本の植物学を確立することは、その責務である。このことを一番よく知っているのは、教授自身である。

植物学について、万太郎は運がある。あるいは、そのために生まれてきたようなところがある。これは、ただ努力でどうにかなるものではない。その研究者の持って生まれた運命のようなものを、田邊教授はわかっている。研究の世界には、ただ本人の努力だけではどうしようもない、運命の力のようなものがある。

田邊教授にとって、万太郎の存在は、確かに便利である。植物学教室に出入りを許したのも、その才能と運のよさを見こんでのことと思う。しかし、一方で、邪魔でもある。このアンビバレントな心情の行方がどうなるのか、このドラマはきちんと描いていると感じるところがある。

史実として、牧野富太郎は、その後、東京大学の助手から講師ということにはなるのだが、そこにいたる過程を、これからどう描くことになるのだろうか。次週は、いよいよヤマトグサということになるらしい。楽しみに見ることにしよう。

2023年7月8日記

ドキュメント72時間「兵庫・西宮 “マンボウトンネル”にて」2023-07-09

2023年7月9日 當山日出夫

ドキュメント72時間 兵庫・西宮 “マンボウトンネル”にて

「マンボウ」というトンネルのことは、谷崎潤一郎の『細雪』に出てくる。いったい何故、このような名称で言うのか特に考えたこともないのだが、私の知識としては、『細雪』のなかのことばの一つである。

トンネルは、この世とあの世、異界への通路である。これは、学生のときに習った文化人類学の講義で聴いた。どうでもいいことだが、村上春樹の小説にもトンネルは登場する。

「マンボウ」という名前は知っていたが、今も実際にあるとは知らなかった。それも、普通の人間が立って通ることができないぐらい天井が低い。はっきり言って危険である。番組のなかで、頭を打ったという話しが出てきていた。やはりそうかなと思う。

まあ、ただのトンネルと言ってしまえばそれまでだが、そこを通る人に話を聞くだけで、このような番組がなりたつというのも面白い。場所の魅力と言っていいだろうか。そこには、普通の生活をする、普通の人びとの暮らしがある。それを三日間取材しただけ(ではないのかもしれないが)、いろいろと思うところのある番組になっていた。

2023年7月8日記