網野善彦『歴史を考えるヒント』常民 ― 2016-09-02
2016-09-02 當山日出夫
やまもも書斎記 2016年8月28日
網野善彦『歴史を考えるヒント』
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/08/28/8164364
網野善彦.『歴史を考えるヒント』(新潮文庫).新潮社.2012 (原著は、新潮社.2001)
http://www.shinchosha.co.jp/book/135661/
この本から「常民」のところを見ておきたい。第Ⅳ章「普通の人々」の呼称、である。
ここでは、二つの「常民」の概念について言及してある。柳田国男と渋沢敬三である。ともに、日本民俗学を考えるとき、かならず出てくる。というよりも、日本民俗学という学問は、柳田・渋沢たちによって作られたと言ってよい。
柳田学と渋沢学の箇所(p.61)で、まず、「常民」の語を冠した組織として「日本常民文化研究所」をあげる。これを創設したのは、渋沢敬三である。だが、「常民」の語を使い始めたのは、柳田国男が先であるとしてある。そして、柳田と渋沢の「常民」の定義の違いについて、次のように記す。
「柳田さんは、歴史学が世の中の変化を追求する学問なのに対して、たとえ政治の変動などによって時代が変わろうとも、簡単には変化しない普通の人々の生活の問題を追及することを、民俗学の使命と考えておられました。」(p.62)
「しかし、その中には職人や漁民、さらには定住せずに各地を遍歴する人々などは含まれていなかったと考えてよいと思います。」(p.62)
つまり、柳田国男にとっては、常民=農民、であったのである。一方、渋沢はそうではない。
「これに対して渋沢さんは、はっきりと「常民」は「コモンピープル」の訳であると言っておられます。まさしく「普通の人々」の意味であり、その中には職人や商人が含まれており、後ほどふれる被差別民も、渋沢さんははっきりとは言っておられませんが、含めておられたと思います。」(p.62)
「常民」の語は、日本民俗学の基本の用語として定着している語であると言ってよいであろう。だが、その定義には上記のような違いがある。どの立場に依拠して「常民」の語をつかうのかは、自覚的である必要がある。
それから、次のことはこの本には書いていないことなのだが、重要なことだと思うので……ただ、いずれの立場にたつにせよ、「常民」ではない人びとのことを同時に考えておかねばならないだろう。時代の変化によって大きく変わっていく立場の人びと。言い換えるならば、(歴史観にもよることになるが)「支配者層」と言ってもよい。武士とか貴族とかである。これらの人びとは「常民」の中に含まれない。
しかし、ここで注意しなければならないことは、一般的にいわゆる「日本の伝統」というようなことを考えるとき、昔からの日本の伝統的生活のスタイル、と言ったとき、そのモデルになるのは、この支配者層(武士・貴族)のものであるということである。あるいは、農民・町民ということばをつかっていうならば、その中でも上層に位置する人びとの生活である。
四季のうつろいについての感性とか、日常生活の風物にかんする感覚とか、いわゆる「伝統」とされるものは、日本民俗学でいう「常民」とはちょっと違うとこで伝承されてきたものである。
たとえば、四季の季節の移ろいと風物についていえば、『古今和歌集』『和漢朗詠集』などに代表される文学作品がある。これは、決して「常民」のものではない。支配者層(平安王朝貴族)の社会の中で、形成され、伝承されてきたものにほかならない。それが、現代では、ごく普通に、日本の伝統的な季節感として、一般の人びとに受け入れられている。
整理するならば、以下の二点になる。
第一には、「常民」を、定住農耕民に限定するか、非農業民もふくめて考えるか。
第二には、現代において「伝統的」と考えられていると生活様式・生活感覚は、「常民」のものではなく、支配者層のものである。
この二点について、「常民」ということばについては、考えておく必要がある。「常民」ということばをめぐって、柳田国男、渋沢敬三の著作をさらに読み解く必要がある。
柳田国男は、新しい全集が、筑摩書房がから刊行されている。渋沢敬三については、その著作集が、デジタルで読めるようになっている。
渋沢栄一記念財団
http://www.shibusawa.or.jp/
渋沢敬三アーカイブ
http://shibusawakeizo.jp/writing/
「常民」をめぐる議論は、これから考えるべき問題としてある。
やまもも書斎記 2016年8月28日
網野善彦『歴史を考えるヒント』
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/08/28/8164364
網野善彦.『歴史を考えるヒント』(新潮文庫).新潮社.2012 (原著は、新潮社.2001)
http://www.shinchosha.co.jp/book/135661/
この本から「常民」のところを見ておきたい。第Ⅳ章「普通の人々」の呼称、である。
ここでは、二つの「常民」の概念について言及してある。柳田国男と渋沢敬三である。ともに、日本民俗学を考えるとき、かならず出てくる。というよりも、日本民俗学という学問は、柳田・渋沢たちによって作られたと言ってよい。
柳田学と渋沢学の箇所(p.61)で、まず、「常民」の語を冠した組織として「日本常民文化研究所」をあげる。これを創設したのは、渋沢敬三である。だが、「常民」の語を使い始めたのは、柳田国男が先であるとしてある。そして、柳田と渋沢の「常民」の定義の違いについて、次のように記す。
「柳田さんは、歴史学が世の中の変化を追求する学問なのに対して、たとえ政治の変動などによって時代が変わろうとも、簡単には変化しない普通の人々の生活の問題を追及することを、民俗学の使命と考えておられました。」(p.62)
「しかし、その中には職人や漁民、さらには定住せずに各地を遍歴する人々などは含まれていなかったと考えてよいと思います。」(p.62)
つまり、柳田国男にとっては、常民=農民、であったのである。一方、渋沢はそうではない。
「これに対して渋沢さんは、はっきりと「常民」は「コモンピープル」の訳であると言っておられます。まさしく「普通の人々」の意味であり、その中には職人や商人が含まれており、後ほどふれる被差別民も、渋沢さんははっきりとは言っておられませんが、含めておられたと思います。」(p.62)
「常民」の語は、日本民俗学の基本の用語として定着している語であると言ってよいであろう。だが、その定義には上記のような違いがある。どの立場に依拠して「常民」の語をつかうのかは、自覚的である必要がある。
それから、次のことはこの本には書いていないことなのだが、重要なことだと思うので……ただ、いずれの立場にたつにせよ、「常民」ではない人びとのことを同時に考えておかねばならないだろう。時代の変化によって大きく変わっていく立場の人びと。言い換えるならば、(歴史観にもよることになるが)「支配者層」と言ってもよい。武士とか貴族とかである。これらの人びとは「常民」の中に含まれない。
しかし、ここで注意しなければならないことは、一般的にいわゆる「日本の伝統」というようなことを考えるとき、昔からの日本の伝統的生活のスタイル、と言ったとき、そのモデルになるのは、この支配者層(武士・貴族)のものであるということである。あるいは、農民・町民ということばをつかっていうならば、その中でも上層に位置する人びとの生活である。
四季のうつろいについての感性とか、日常生活の風物にかんする感覚とか、いわゆる「伝統」とされるものは、日本民俗学でいう「常民」とはちょっと違うとこで伝承されてきたものである。
たとえば、四季の季節の移ろいと風物についていえば、『古今和歌集』『和漢朗詠集』などに代表される文学作品がある。これは、決して「常民」のものではない。支配者層(平安王朝貴族)の社会の中で、形成され、伝承されてきたものにほかならない。それが、現代では、ごく普通に、日本の伝統的な季節感として、一般の人びとに受け入れられている。
整理するならば、以下の二点になる。
第一には、「常民」を、定住農耕民に限定するか、非農業民もふくめて考えるか。
第二には、現代において「伝統的」と考えられていると生活様式・生活感覚は、「常民」のものではなく、支配者層のものである。
この二点について、「常民」ということばについては、考えておく必要がある。「常民」ということばをめぐって、柳田国男、渋沢敬三の著作をさらに読み解く必要がある。
柳田国男は、新しい全集が、筑摩書房がから刊行されている。渋沢敬三については、その著作集が、デジタルで読めるようになっている。
渋沢栄一記念財団
http://www.shibusawa.or.jp/
渋沢敬三アーカイブ
http://shibusawakeizo.jp/writing/
「常民」をめぐる議論は、これから考えるべき問題としてある。
コメント
_ 小原正靖 ― 2018-09-02 06時55分17秒
柳田国男は読んでいますが渋沢敬三は未読です 渋沢栄一はよく知り子孫之渋沢健君は旧知ですが 時間を見つけ読んでみたいですね
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