『結婚式のメンバー』カーソン・マッカラーズ/村上春樹(訳)2019-10-12

2019-10-12 當山日出夫(とうやまひでお)

結婚式のメンバー

カーソン・マッカラーズ.村上春樹(訳).『結婚式のメンバー』(新潮文庫).新潮社.2016
https://www.shinchosha.co.jp/book/204202/

続きである。
やまもも書斎記 2019年10月3日
『遠い太鼓』村上春樹
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/10/03/9160554

やまもも書斎記 2019年9月28日
『その日の後刻に』グレイス・ペイリー/村上春樹(訳)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/09/28/9158550

新潮文庫で「村上柴田翻訳堂シリーズ」として刊行されたもの。文庫オリジナルの翻訳である。

この作品も、おそらく、村上春樹訳ということで新潮文庫に入っていなければ、読むことがなく終わってしまっていただろう。村上春樹の翻訳ということで、現代のアメリカ文学を読んでいっているなかの一つである。

さて、この小説……第二次大戦中のアメリカ南部の田舎町、そこに住む一二才の少女のフランキーの生活をえがいたもの。ちょっと大人びたところがあるとはいうものの、まだ一二才の少女である。その眼でみた世界……大人たちの世界、それから、時として、戦争のことも出てくる……は、どのようのものとしてあるのか。読みながら、ふとその心の中に入り込んでしまっていることに気付く。やはり、こういうのを文学というのであろう。

その考えていることに共感するというのとはちょっとちがう。二一世紀の日本と、二〇世紀半ばのアメリカの田舎町、しかも、一二才の少女……今日に共通する要素はほとんどないかもしれない。しかし、読みながらふとそこに語られる物語世界、小説世界、の中にひたってページをめくっている自分に気付く。

解説を読むと、村上春樹は、この作品を読んで『たけくらべ』を思ったという。私は、もう『たけくらべ』を忘れてしまっている。読みなおしてみたくなった。

ともあれ、ここには、文学でしか描くことのできない、人間のこころがある。あるいは、文学とは、このようなものを描きうるということで、今日にいたるまで、文学というものが続いてきているといっていいのかもしれない。この意味において、文学が何を描きうるのか、まだその世界は広がっていると考えるべきであろうと思う。

次の村上春樹は、『うずまき猫のみつけかた』である。

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