こうの史代『この世界の片隅に』2016-12-11

2016-12-11 當山日出夫

こうの史代.『この世界の片隅に』(上・中・下).双葉社.2008
http://www.futabasha.co.jp/booksdb/book/bookview/978-4-575-94146-3.html?c=20108&o=date&type=t&word=%E3%81%93%E3%81%AE%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE%E7%89%87%E9%9A%85%E3%81%AB

いま、話題の映画の原作である。
http://konosekai.jp/

私は、基本的にはコミックは読まないことにしている。(このジャンルまで手を出すと、「読んでいない本」がさらに増える)。だが、これだけは、読んでおきたい気になって買ってみた。(これ以外では、他に『空母いぶき』があるのだが。)

読んでみての感想は基本的に次の二点。

第一に、こうの史代の漫画ならではの表現であるということ。調べてみると、この作品のノベライズ版もあるようだが、しかし、これは、漫画でないと表現できない作品であると感じる。

ただ、それは、漫画についてのリテラシの無い私としては、表現することばを持たない。これは、残念である。

こうの史代については、平凡社のHPで、『ぼおるぺん古事記』を読んで、その表現力の確かさを知っていた。
http://webheibon.jp/kojiki/

たぶん、この作品全体からただよってくる淡い叙情性のようなもの……それは、一方で悲惨な戦時下の生活でもあるのだが……これは、文章化してしまうことはできないだろうと感じる。その絵の雰囲気から感じる何かなのである。

第二に、太平洋戦争の戦時下の日常生活を描いた作品であること。たしかに、文学作品、あるいは、ノンフィクションとして、戦時下の生活を描いた作品はある。だが、この作品ほど、「平凡な日常のいとおしさ」とでもいうべきものを、表現した作品を、私は知らない。逆に、その悲惨さを強調したものなら、いくらでも見つけることができるだろうが。

たとえば、
やまもも書斎記 2016年9月16日
半藤一利『B面昭和史 1926-1945』
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/09/16/8191044

戦時下の、いわゆる「非常時」であっても、それでも、人びとは、普通の生活をしている。寝て、起きて、食べて、家事をして、そして、家族があり、また、近所の人たちとのつきあいがある……このような「日常」は、続くものである。それは、戦争が始まっても、また、終わっても、変わることなく続いていく。

作中、玉音放送の場面がある。8月15日である。そして、その前に、広島への原爆の投下も描かれる。生活に多少の変化は確かにある。だが、そのような中にあっても、毎日おなじようにすぎていく日常生活が根本から変わるわけではない。

日常生活のいとおしさを描いているからといって、この作品は、特に、時局に抗した反戦平和を訴えるという性格のものではない。いや、むしろ、そのような政治的主張からは、もっとも遠いところに視点を定めている。

たぶん、日常のいとおしさを奪うものは、たとえ、それが「革命」であったとしても、同じように、何かしら嫌悪すべきものとして描かれることにちがいない。いや、どうしようもない大きな歴史の何か、とでもいうべきかもしれない。

以上、二点が、この作品を読んでみての、ざっとした感想である。

なお、蛇足で書いておくと……この作品中に、りんという女性が登場する。妓楼につとめている。この女性は、小学校にまともに通えなかったので、字がきちんと読めない。リテラシがないという人物設定。

私は、これまで、日本語史の講義において、日本人のリテラシについては、時折言及することがあった。そのとき、これなら学生でも知っているだろうと思って、例に出していたのは『おしん』(NHK)であった。ヒロインおしんの母親は文字が読めない。また、おしんが勤めていたカフェの女給たちも字が書けなかった。

さて、『この世界の片隅に』なら、今の学生でも読んでいてくれるだろうか。つい近年まで、まともに学校教育を受けられなくて文字が読めないという人は、決して珍しい存在ではなかった、このことの事例として、りんという女性の話をしてみるのもいいか、という気がしている。

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