『豊饒の海』三島由紀夫2017-03-09

2017-03-09 當山日出夫

この春休みの「宿題」にしようとしてあるのが、『豊饒の海』四部作。三島由紀夫である。

『春の雪』
http://www.shinchosha.co.jp/book/105021/

『奔馬』
http://www.shinchosha.co.jp/book/105022/

『暁の寺』
http://www.shinchosha.co.jp/book/105023/

『天人五衰』
http://www.shinchosha.co.jp/book/105024/

以前に読んだのは、大学生になって、国文学専攻になってからのことだったと記憶する。その当時の新潮文庫版で読んだ。そのとき、このような文学があるのかとは思ったが、この年になって、再読してみることになるとは予想だにしなかった。いや、もう、三島はこれでいい、終わりにしようと感じたぐらいである。

それぐらい、読後感の印象のつよい作品であった。

憶えているのは……「春の雪」の甘美な恋愛小説の雰囲気……「奔馬」のラストのシーン……「暁の寺」のインドの濃厚な描写……「天人五衰」のその最後のことば……などである。

三島由紀夫という作家は、最後にひとこと多いのである。そのひとことが余計だなと感じるか、それで納得するかは、人によって違うかもしれない。が、私は、余計なひとことを書いてしまう作家だという印象で憶えている。

例えば、『午後の曳航』のラストのひとこと。これなど、無い方がいいだろうと、読んだときに思ったものである。

ともあれ、新学期の準備には、まだ時間の余裕がある。次年度から、授業も減ることになる。オンラインで、古書「1円」で買える文庫本でも読んで時間をすごしたいと思っている。花粉症のシーズンなので、あまり外出はしたくない気分でいる。本を読むという生活をおくりたい。そして、それが、あくまでも人文学の基本なのであるということを、確認しておきたいと思っている。

昔、若い時に読んだ本、名作、名著、古典、それから、近年の文学賞受賞作など、再度、読書ということに時間をつかう生活をおくりたいと思っている。

今、『春の雪』を読み始めている。

三島の文章というのは、こんなに華麗な、あるいは、見方をかえれば、虚飾とでもいうべき文章であったかと、今になって再読してみて、感じいっている。昔、若いときに読んだときには、この装飾過多とでいうべき文章は、さほど気にならなかったのだが。

「春の雪」の冒頭近くにある、清水と髑髏の例え話。昔、読んだときも、このエピソードだけは、強烈に憶えているのだが……今でも憶えている……このエピソードが、『豊饒の海』にどうかかわるのか、ある意味での余計なひとことなのか、あるいは、用意周到な伏線として書いてあるのか、そのようなことを考えながら読んでいる。

追記 2017-03-19
『春の雪』については、
やまもも書斎記 2017-03-19
『豊饒の海』第一巻『春の雪』三島由紀夫
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/03/19/8410111

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