『源氏物語』(三)新潮日本古典集成2019-02-22

2019-02-22 當山日出夫(とうやまひでお)

源氏物語(三)

石田穣二・清水好子(校注).『源氏物語』(三)新潮日本古典集成(新装版).新潮社.新潮社.2014
https://www.shinchosha.co.jp/book/620820/

続きである。
やまもも書斎記 2019年2月21日
『源氏物語』(二)新潮日本古典集成
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/02/21/9038816

第二巻で、「須磨」「明石」の巻を終わったので、須磨源氏にならないで、読み進んでいる。この新潮版の第三巻まで読んだところで思うことは次の二点ぐらいだろうか。

第一に、この巻におさめる「薄雲」の巻。この巻のある部分には思い出がある。昔、高校の時、試験問題に出たので憶えている。明石の上が、姫君を光源氏に渡すシーン。ここで、母親としての愛情を表現した箇所はどこか……このような趣旨の設問だったと思う。

こたえは、「母君みづから抱きて出でたまへり」、であったはずである。

普通、貴族の生活として、子どもを母親自身が抱きかかえるということは、まず無かったろう。乳母がついていて世話をするのが普通。ここは、自分のまだ幼い子ども(明石の姫君)を、光源氏のもとに渡す決心をしたところ。

ただし、この箇所、憶えてはいるのだが、試験の答案を返してもらってはいないので、これであっていたかどうかはわからない。たぶん、これであっているのだろうと思って、今にいたるまで記憶している。

第二に、この第三巻まで読んで感じることは、源氏物語三段階成立説……ということではないが、明らかに「玉鬘」の巻が異質であることに気付く。それまで読んできた、特に「少女」の巻などとくらべるとまったく筆致がことなる。

「少女」の巻などでは、夕霧(光源氏の子)をめぐって、ああでもないこうでもないと、様々に心のうちの描写が延々とつづく。読んでいって、時々はちょっと前にもどって読み直さないと意味が通じないようなところが多い。

だが、「玉鬘」の巻になると、これは、ほとんど説話的である。強いていえば、右近という女房、それから、玉鬘を主人公とした、長谷寺の霊験譚である。この巻は、ほとんど注など見なくても、ストーリーを追っていける。

それに、突然、この巻になって、「夕顔」の巻から姿を消していた右近が、登場してきて、主立った役割をはたすようになるのも、これまで読んで来た印象からすると不自然である。

ここは、やはり、この巻は、後になってから書き足した巻であると判断される。だが、その筆者が、紫式部であったたか、別人であったかは、わからない。

以上の二点が、この新潮版の第三巻まで読んで思うことなどである。つづけて、第四巻を読むことにしよう。

追記 2019-02-23
この続きは、
やまもも書斎記 2019年2月23日
『源氏物語』(四)新潮日本古典集成
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/02/23/9039568

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