『ミルクマン』アンナ・バーンズ/栩木玲子(訳)2021-03-01

2021-03-01 當山日出夫(とうやまひでお)

ミルクマン

アンナ・バーンズ.栩木玲子(訳).『ミルクマン』.河出書房新社.2020
https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309208138/

ブッカー賞、国際ダブリン文学賞の受賞作ということで読んでみることにした。面白い。読んでいって、思わずにその物語世界のなかにひたってしまう。

この本を読んで感じるところは、次の二点ぐらいになるだろうか。

第一に、(これは、この本の作者の意図したことではないだろうと思うのだが)それでも、英国における北アイルランドをめぐる紛争のあった時代を思ってしまう。しかし、この作品のどこにも、それと明示する記述はない。ただ、著者の来歴からそのように思って読みとってしまう。

これは、文学というものが、社会のなかの文脈で読まれるものであるかぎり、いたしかたのないことなのかもしれない。このように思うのだが、だが、それでも、ある時代の、北アイルランドの人びとの生き方、生活、日常というものを、感じることになる。

自分たちの仲間とそうではない人びと、体制派、反体制派、反・反体制派、宗教の違い、海の向こうの国……ただこのように語られるだけなのだが、このような状況の中で生きていく人びとの生活感覚に、その地域のその時代を読みとってしまう。

これは「誤読」なのであろうが、そう思って読んで、これはこれで実に興味深い。

第二に、一応、ある地域のある時代の物語として読んでみるとして、しかしながら、そこには普遍性がある。

様々な社会の分断、抑圧、それにあらがう人びと……まさに、近代社会のなかにあって、国際社会が常にかかえてきた課題である。それを、ある種の普遍的なものとして、描き出すことに成功している。

とはいえ、決して悲惨な物語ではない。どことなく余裕のある、ユーモアを感じさせる筆致でもある。

以上の二点が、この作品を読んで感じるところである。

そして、この作品の底流にあるのは、ひそやかな怒りといったらいいだろうか。なぜ、こんな世の中に生きていかねばならないのか、どうして世界はこんなふうなのか……どうしようもない理不尽さに対する、怒りの感情が、この作品をとおして感じ取ることができる。

世界をこのように描いてみせる、これこそ文学というものだと強く感じる。

さて、この作品、ブッカー賞ということで読んでみた作品なのであるが、ちょっと見てみると、ブッカー賞の作品の多くは翻訳がある。読んだことのある作品もあるし、中には未翻訳のものもまだあるのだが。これからの読書、あらためてブッカー賞の翻訳作品を読んでいくことを考えてみたいと思っている。

2021年2月28日記

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