『理不尽な進化 増補新版』吉川浩満/ちくま文庫 ― 2022-12-17
2022年12月17日 當山日出夫
吉川浩満.『理不尽な進化-遺伝子と運のあいだ- 増補新版』(ちくま文庫).筑摩書房.2021(朝日出版社.2014)
https://www.asahipress.com/bookdetail_norm/9784255008035/
進化論の概説書というよりは……いや、この本はそのような読み方をしてはいけないだろう……近代における進化論の成立と、社会における受容、影響を論じ、さらには、近代思想史へと切り込む、これは名著と言っていいと思う。
後書きを読むと、この本の単行本が出たとき、専門家からはかなり批判されたらしい。知っていることしか書いていない、と。これは、見方によっては、賛辞ともとれる。言いかえるならば、間違ったことは書いていないと言っていることになる。
科学についての啓蒙的な本で、専門家が読んで、「間違ったことが書いていない」というのは、希有なことであるかもしれない。少なくとも、私の専門領域にかかわる日本語学、国語学の分野で、一般向けに書かれた本やテレビ番組などにおいて、かなり根本的な疑問点をいだくことが、少なくない。このようなギャップは、そう簡単に埋められるものではないと諦めるところもある。(ただ、そうではあるが、このところ一般向けに書かれた、すぐれた日本語にかかわる本も出るようになってきた。)
ところで、この『理不尽な進化』であるが、ポイントは次の二点になるかと思って読んだ。
第一には、進化論の社会における受容。
一般に「進化」ということばは非常に多用される。だが、それは、ダーウィンのとなえた進化論とは、似て非なるものとしてである。また、「適者生存」ということばもよく使われる。このことばほど、進化論を誤解していることばもない。
一九世紀以降、進化論というものが、特に西欧社会のなかで、どのように受けとめられてきているか、きわめて批判的に検証されている。
第二には、進化論の理解。
進化論には、淘汰ということと同時に、その「歴史」を考えることになる。これを、著者は、ドーキンスとグールドの対立を軸に描き出す。科学的な論争としては、ドーキンスに軍配が上がって決着がついている問題かもしれないのだが、科学とはなにかというような論点にたって考えてみると、グールドの語ったことに意味を見いだせる。このあたりは、すぐれた科学論になっていると思う。
以上の二点が、読んで思うことである。
さらには、この本は、進化論をあつかった、主に自然科学の分野に属する本であるかもしれないのだが、読み進めると、すぐれた学問論、特に、人文学論になっている。人文学とはいったい何であるのか、いろいろと考えることができるが、この問題点から読んでみて、きわめて貴重な示唆にとむ内容でもある。
芸術とは何か、宗教とは何か、このようなところまで、この本の射程は及んでいる。
2022年12月8日記
https://www.asahipress.com/bookdetail_norm/9784255008035/
進化論の概説書というよりは……いや、この本はそのような読み方をしてはいけないだろう……近代における進化論の成立と、社会における受容、影響を論じ、さらには、近代思想史へと切り込む、これは名著と言っていいと思う。
後書きを読むと、この本の単行本が出たとき、専門家からはかなり批判されたらしい。知っていることしか書いていない、と。これは、見方によっては、賛辞ともとれる。言いかえるならば、間違ったことは書いていないと言っていることになる。
科学についての啓蒙的な本で、専門家が読んで、「間違ったことが書いていない」というのは、希有なことであるかもしれない。少なくとも、私の専門領域にかかわる日本語学、国語学の分野で、一般向けに書かれた本やテレビ番組などにおいて、かなり根本的な疑問点をいだくことが、少なくない。このようなギャップは、そう簡単に埋められるものではないと諦めるところもある。(ただ、そうではあるが、このところ一般向けに書かれた、すぐれた日本語にかかわる本も出るようになってきた。)
ところで、この『理不尽な進化』であるが、ポイントは次の二点になるかと思って読んだ。
第一には、進化論の社会における受容。
一般に「進化」ということばは非常に多用される。だが、それは、ダーウィンのとなえた進化論とは、似て非なるものとしてである。また、「適者生存」ということばもよく使われる。このことばほど、進化論を誤解していることばもない。
一九世紀以降、進化論というものが、特に西欧社会のなかで、どのように受けとめられてきているか、きわめて批判的に検証されている。
第二には、進化論の理解。
進化論には、淘汰ということと同時に、その「歴史」を考えることになる。これを、著者は、ドーキンスとグールドの対立を軸に描き出す。科学的な論争としては、ドーキンスに軍配が上がって決着がついている問題かもしれないのだが、科学とはなにかというような論点にたって考えてみると、グールドの語ったことに意味を見いだせる。このあたりは、すぐれた科学論になっていると思う。
以上の二点が、読んで思うことである。
さらには、この本は、進化論をあつかった、主に自然科学の分野に属する本であるかもしれないのだが、読み進めると、すぐれた学問論、特に、人文学論になっている。人文学とはいったい何であるのか、いろいろと考えることができるが、この問題点から読んでみて、きわめて貴重な示唆にとむ内容でもある。
芸術とは何か、宗教とは何か、このようなところまで、この本の射程は及んでいる。
2022年12月8日記
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