『おしん』あれこれ(その三)2019-05-17

2019-05-17 當山日出夫(とうやまひでお)

続きである。
やまもも書斎記 2019年4月22日
『おしん』あれこれ(その二)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/04/22/9062890

今週から、おしんが大きくなって、成長して、田中裕子に変わった。先週まで、子役の小林綾子であった。

加賀屋では、おしんは幸せな生活を送っているようである。大奥様をはじめ、加賀屋の人たちにみこまれて、大事にしてもらっている。稽古事も、きちんと教えてもらったようである。

ここで重要になってくるのが、学校に通うことができなかったおしんにとって、加賀屋で日々が、「読み書きそろばん」をはじめとする、生きていくためのリテラシー……「教育」……を身につける場所になっていたということだろう。この後のおしんの生活は、決して楽なものではないのだが(それは、以前の再放送の時に見て既に知っている)、ともかくも、生きていくことができたのは、その基礎を加賀屋で仕込んでもらったおかげということがいえるだろう。

このドラマは、小作の娘が、近代市民社会の中で会社経営者にまでのぼりつめていく物語である。ある意味では、一種の教養小説のような面がないではないと思える。小作農の娘として、貧乏のつらさをしみじみと味わってきたおしんである。なんとか社会の上層をめざして頑張ろうとする。その努力の根底には、小作農の子どもという出自からどうにかして脱出したいという強い思いがある。

『おしん』が放送されたのは、1983(昭和58)年のことである。まだ、東西冷戦のまっただなかの時代である。「階級」ということばが、まだ社会や歴史を考えるときに、説得力をもっていた時代である。(その後、ベルリンの壁の崩壊を経て、「階級」ということばも、意味を失っていったかと感じられてならない。)

「階級」の壁をこえてよじ登るには、個人の努力だけではどうにもならない。おしんの場合であれば、加賀屋で得た「教育」がそれを可能にしたといえるのかもしれないと思う。この意味では、おしんは運がよかったということになるのであろう。

ところで、「おしん」の名前は「おしん」なのだろうか。ちょっと気になっている。「お」+「しん」ということではないようだ。なぜなら、ドラマのなかで、おしんが自分自身のことを「おしん」といっているシーンがあるからである。

この週の放送では、浩太(渡瀬恒彦)から、電話で呼び出されたとき、自分のことを「おしんです」と名乗っていた。「お」+「しん」なら、自分で自分のことをいう場合には、「しん」であるはずだが、どうだろうか。

たとえば、加賀谷の娘の加代であるならば、人からは「お加代さま」といわれていても、自分で名乗るときには、「加代」だけになると思う。

『おしん』というドラマは、社会の底辺にいた小作農の娘が、世の中に出ていく物語である。まだドラマははじまったばかりといえるかもしれない。これから幾多の試練がおしんの人生におこることになる。日本の近代の歴史を考えながら、このドラマを見ていこうと思っている。

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