『戯作三昧・一塊の土』芥川龍之介/新潮文庫2020-04-02

2020-04-02 當山日出夫(とうやまひでお)

戯作三昧・一塊の土

芥川龍之介.『戯作三昧・一塊の土』(新潮文庫).新潮社.1968(2011.改版)
https://www.shinchosha.co.jp/book/102505/

続きである。
やまもも書斎記 2020年3月28日
『蜘蛛の糸・杜子春』芥川龍之介/新潮文庫
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2020/03/28/9228879

この本に収録してあるのは、次の作品。

或日の大石内蔵助
戯作三昧
開化の殺人
枯野抄
開化の良人
舞踏会


お富の貞操

あばばばば
一塊の土
年末の一日

この文庫本の解説を書いているのは、中村真一郎。それによると、短編小説という形式の文学が定着したのは、大正期の芥川あたりからということらしい。なるほど、そう言われてみれば、現代まで読み継がれている作品の多く……そのなかには、「羅生門」や「鼻」などの国語教材の定番となっているものもある……を、確かに大正時代の芥川龍之介が書いている。

読んで印象に残るのは、「或日の大石内蔵助」であろうか。作者(芥川龍之介)は、ここに近代の目をもちこんでいる。それが、初期の「羅生門」のように、理知におちていない。素直に大石内蔵助のこころのうちに入っていける。このあたり、小説家としての芥川龍之介の巧みさというべきであろうか。

このような小説家としての巧みさを感じるのは、「戯作三昧」についてもいえる。無論、この作品は、自分自身が小説家であるということを、江戸の馬琴に投影している。読みながら、これも自然に、馬琴のこころのうちによりそってページを繰ることになる。

「雛」は、若いときに読んだ……というよりも、ラジオで聴いて憶えた記憶がある。朗読の時間だったろうか。ラジオで聴いた。そして、そのときに、「赤間が関」ということばを憶えたということも記憶している。

「開化の殺人」などの明治に題材をとった作品を読むと……どうも、今一つ文学作品としては評価しにくいかなという気がするのだが……ともあれ、大正時代になって、明治のころ、その文明開化の時代が、かつての日本のこととして回顧される時代になってきている、ということを感じる。

「一塊の土」。有名な作品だが、これも、芥川龍之介の小説家としての巧さを感じさせる作品である。この本のなかにある「戯作三昧」のような作品を書いた作者が、同時にこのような傾向の作品をも書いているのか、と一種の驚きのようなものがある。

続けて、芥川龍之介の新潮文庫版を読んでいくことにする。

2020年3月16日記

追記 2020-04-03
この続きは、
やまもも書斎記 2020年4月3日
『奉教人の死』芥川龍之介/新潮文庫
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2020/04/03/9230972

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