『密やかな結晶』小川洋子2021-02-27

2021-02-27 當山日出夫(とうやまひでお)

密やかな結晶

小川洋子.『密やかな結晶 新装版』(講談社文庫).講談社.2020(講談社文庫.1999)
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000346254

古典文学を読むかたわらで、現代の文学を読んでおきたい……そう思って手にしてみたのが、小川洋子である。これまで、いくつかの作品を読んだことはあるのだが、そう特に意識して集中的に読むということはしてこなかった。現代日本の作家の一人として、まとめて読んでみようと思った。

特にどの作品からと決めて読むのではない。ただ、適当に著名な作品……何かしら賞をとったような作品……あたりから読み始めようかと思った次第である。

てはじめは『密やかな結晶』である。買ったのは、講談社文庫の新装版。かなり売れている本なのであろう、旧版を改版して新装版ということで作った本である。これは、ブッカー賞の候補作になったとある。国際的にも評価の高い作品ということになる、そう判断していいだろう。

寓意に満ちた作品である。このような寓意に満ちた作品は、その寓意をそのままうけとっておけばいいのだというのが、私の基本姿勢である。特にそこから、何かしらの解釈を引き出そうとしない方がいいと思う。

どこかにある島。そこにくらす作家。秘密警察。失われていく記憶。隠し部屋。これら、現代の社会において、なにかを表象するものとして、とらえようとすれば、いくらでも解釈が可能だろう。だが、それをあえてせずに、この小説の作りだしている文学世界のなかに浸っていけばいいと思う。

読み始めて、そう難渋することなくほぼ一気に読んでしまった。いくぶんの分量のある長編といっていいのだろうが、晦渋なところはない。きわめて素直なストーリーの展開である。とはいえ、そこに何かしらの解釈を持ち込もうとすると、とたんに難渋することになる。

小川洋子は、とにもかくにもストーリーテラーなのだと感じる。その紡ぎ出す小説世界は、思わずに読者を引き込んでしまう魅力がある。平易であるが、しかし、芯のしっかりした文章である。描写も明晰である。そして、小説として、話しの運びが巧みである。

なるほどこのような作品なら、ブッカー賞の候補となるのも当然かなという気で読んだ。

COVID-19のこともあって、居職の生活である。四月から順調に学校がはじまるかどうか……場合によっては、昨年のようにオンラインになるかもしれない……この先どうなるか分からないのだが、しばらくはおちついて小川洋子の作品をまとめて読んでみようと思う。その主な作品のほとんどは、文庫本で刊行になっている。順次、適当にみつくろって読んでいくことにしたい。

2021年2月16日記

追記 2021-03-04
この続きは、
やまもも書斎記 2021年3月4日
『寡黙な死骸 みだらな弔い』小川洋子
https://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/03/04/9352857