『國語元年』井上ひさし(中公文庫版)その二2018-01-02

2018-01-02 當山日出夫(とうやまひでお)

続きである。
やまもも書斎記 2017年12月30日
『國語元年』井上ひさし(中公文庫版)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/12/30/8757864

井上ひさし.『國語元年』(中公文庫).中央公論新社.2002 (中央公論社.1985)
http://www.chuko.co.jp/bunko/2002/04/204004.html

この作品には、日本のいろんな地方の登場人物が出てくる。主人公の南郷清之輔は、長州のことば。その岳父と妻は、薩摩のことば。浪人の元武士の若林虎三郎は、会津のことば。このテレビドラマ版の語り手(ふみ)は、山形のことば、などである。

私がこのテレビを見ていた時の記憶として、毎回、冒頭に、ふみ(石田えり)の手紙が語られていた。そのはじまりは、きまって「オドチャに、カガチャ」ではじまっていたのを覚えている。今日の標準的な日本語で、文字をあてるなら、この箇所、井上ひさしは、「父上様、母上様」としている。

ところで、中公文庫版(テレビドラマ版)を読んで、次のようなことに気付く。それは、この作品は、各地の方言と、今日の標準的な日本語の、パラレルテキストになっていることである。本文(本行)は、普通の日本語。それにルビとして、その話者の方言が付してある。

では、すべての登場人物の台詞にルビがついているかというと、そうでもない。ルビのついていない登場人物がいる。女中頭の加津である。テレビドラマでは、山岡久乃が演じていたのを覚えている。

この加津は、幕臣の奥様であったという設定。維新の後、女中奉公をしていたのだが、このドラマでは、南郷清之輔の住まいする屋敷に奉公することになっている。加津のことばは、本山の手ことば、ということになる。

加津の台詞には、ルビがない。

それから、江戸下町ことばの、たねとちよの台詞にも、基本的にルビがついていない。(ところどころについている程度である。)

つまり、山の手の奥様のことばや、下町のかみさんのことばには、ルビがないのである。

また、このドラマでは、各地の方言を話す人びとどうしで話しが通じないという場面が多く描かれる。しかし、加津のことば(本山の手ことば)は、みんな理解しているようである。

ドラマの最初は、山形から出てきたふみが、始めてお屋敷に入るところからはじまる。そのとき、加津と対面するのであるが、加津はふみの山形のことばが聞き取れないで苦労する。しかし、ふみの方は、加津の話していることばを、聞き取れている。

このようなところをみるならば、結果的に次のようにいえるだろう。それは、今日の標準的な日本語の話しことばが、東京のことばを元にしてできあがっている、ということである。

この『國語元年』は、方言の多様性を尊重すべきという立場である。しかし、多様な方言のなかにあって、今日の標準的な日本語として生き残っている、あるいは、その基礎をなしているのは、江戸から東京にかけてのことばであることになる。

つまり、「全国統一話し言葉」を制定しようという苦労の物語であるが、読んでみると、結局は、首都である東京のことばが基本になったということを、裏付けることになってしまっている。

ただ、厳密にいえば、東京方言=標準語、ではない(国語学、日本語学の知見として)。そうはいっても、『國語元年』で描き出そうとしたような、多様な方言のなかにあって、江戸・東京のことばが、標準的な日本語の基層をなしていることは、否定できないことになる。

学問的な課題としては、ではどのようなプロセスを経て、東京のことばを基本にして、標準的な日本語が形成されてきたのか、ということになる。この点については、新潮文庫版『新版 國語元年』の解説(岡島昭浩)が、非常に参考になる。中公文庫版(テレビドラマ)と新潮文庫版(舞台)の違いも重要であるが、国語学・日本語学の観点からの解説としては、新潮文庫版が重要である。

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