ドキュメント72時間「千葉 100年の金物店」2025-07-23

2025年7月23日 當山日出夫

ドキュメント72時間 千葉 100年の金物店

どうでもいいことから書いてみるのだが、MakitaとHiKOKIと、バッテリーの規格を統一してくれないものか。そして、安くしてほしい。こういうメーカの機械を使っていると、一番の維持コストは、バッテリーである。

今は、工具類であっても、オンラインで注文して、翌日にはとどく、という時代になってきている。こういう時代に、この店の商売がよく続いていると感じる。おそらく、現地の顧客のニーズをつかんだ品揃えと、商品知識、ということになるだろう。店舗で買い物をするとき、その店の人の商品についての知識というものが、どれほど重要か、ということを感じる内容であった。

朝の7時半から店が開いているというのは、仕事に行くまえに、道具や部品類の調達という、職人さんたちの需要があるからである。これは、オンライン販売では、たちうちできないことになる。

番組のなかで養鶏場が出てきていた。テレビのニュースで養鶏場が映ると、たいていは、鳥インフルエンザで、飼育しているニワトリたちを処分する光景としてである。実際に、そこで、どういう人たちがどのような仕事をしているのか、ということが、具体的に描かれるということは、ほとんどない。(あるいは、養鶏場のことが詳しく出てくるのは、近代的な養鶏場ではなく、反近代的な自然農法で育てている特殊なケースであることが多い。これは、全体からみて、かなりかたよった取り上げ方だと思うのであるが。)

今の時代に、鍬を修理してくれるところがある、そういう職人さんの仕事が残っているというのも、ちょっと驚いたところである。こういうことは、続けていってほしい。

現代において、普通の農業、ということが、一般にほとんど知られることがないかとも思う。報道などで出てくるのは、大規模経営の農業法人であるか、あるいは、山間の零細な農家であるか、という傾向がある。それをささえる技術の伝承があり、現場の苦労があり、さらに、その背後には、このようなお店の商売がある、ということを思ってみることになる。

このような店の背景となる、地域の共同体意識を全力で否定してきたのが、日本の現代社会ということにはなると思うのだが。こういう番組で感じるのは、もうとりかえしがつかなくなっていることへのノスタルジーだろうか。

2025年7月19日記

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。

名前:
メールアドレス:
URL:
次の質問に答えてください:
このブログの名称の平仮名4文字を記入してください。

コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://yamamomo.asablo.jp/blog/2025/07/23/9790877/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。