新常用漢字:説明会 ― 2009-03-12
2009/03/12 當山日出夫
今日の新聞(朝日)によると、3月26日、いよいよ「新常用漢字」の説明会があるとのこと。パブリックコメントにむけて動き出したということか。
で、当然ながら、翌27日(金)は、京都大学で「東洋学へのコンピュータ利用」。「新常用漢字」で議論がもりあがることは必至。
二日連続で、東京~京都と移動の方もいらっしゃるでしょうが、この際、言うべきことは言う、ということで、27日はたのしく(?)やりましょう。
當山日出夫(とうやまひでお)
今日の新聞(朝日)によると、3月26日、いよいよ「新常用漢字」の説明会があるとのこと。パブリックコメントにむけて動き出したということか。
で、当然ながら、翌27日(金)は、京都大学で「東洋学へのコンピュータ利用」。「新常用漢字」で議論がもりあがることは必至。
二日連続で、東京~京都と移動の方もいらっしゃるでしょうが、この際、言うべきことは言う、ということで、27日はたのしく(?)やりましょう。
當山日出夫(とうやまひでお)
新常用漢字:説明会のURL ― 2009-03-12
2009/03/12 當山日出夫
平成20年度国語施策懇談会の開催について
-「「新常用漢字表(仮称)」に関する試案」説明会-
のURLは、
http://www.bunka.go.jp/oshirase_event/2009/20_kokugoshisaku_kondankai.html
個人的には、笹原さん(早稲田)が、「講演」というかたちで登場というのは、くるしまぎれ、と同情しないではない。はたして、情報化時代に対応した新常用漢字表(仮称)試案、についてどう説明がなされるか。
ただ、開催の趣旨が、
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平成21年1月29日に文化審議会で了承された「「新常用漢字表(仮称)」に関する試案」について,試案の検討にかかわった漢字小委員会委員による国語施策としての位置付けを含めた説明,討議及び講演を行い,その趣旨を各方面に周知するとともに,意見をいただく機会とする。
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とだけある。これで、パブリックコメントおわり、ではないだろうなあ。
まずは、きちんとした「試案」の表(たぶん、平成明朝)を提示して、これの制定にいたる過程を説明して、ということが必要。
當山日出夫(とうやまひでお)
平成20年度国語施策懇談会の開催について
-「「新常用漢字表(仮称)」に関する試案」説明会-
のURLは、
http://www.bunka.go.jp/oshirase_event/2009/20_kokugoshisaku_kondankai.html
個人的には、笹原さん(早稲田)が、「講演」というかたちで登場というのは、くるしまぎれ、と同情しないではない。はたして、情報化時代に対応した新常用漢字表(仮称)試案、についてどう説明がなされるか。
ただ、開催の趣旨が、
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平成21年1月29日に文化審議会で了承された「「新常用漢字表(仮称)」に関する試案」について,試案の検討にかかわった漢字小委員会委員による国語施策としての位置付けを含めた説明,討議及び講演を行い,その趣旨を各方面に周知するとともに,意見をいただく機会とする。
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とだけある。これで、パブリックコメントおわり、ではないだろうなあ。
まずは、きちんとした「試案」の表(たぶん、平成明朝)を提示して、これの制定にいたる過程を説明して、ということが必要。
當山日出夫(とうやまひでお)
蘭学事始のことなど ― 2009-03-12
2009/03/12 當山日出夫
松田清さんのブログ「松田清のtonsa日記」で、前野良沢のことに触れてある。
前野良沢資料集 第一巻
http://d.hatena.ne.jp/tonsa/20090312/1236825499
前野良沢については、人並み(?)の知識しかもちあわせていない。高校の教科書(日本史)に登場する程度のこと。『蘭学事始』は、確か岩波文庫で読んだかと思う。
それから、忘れられないのは、吉村昭の『冬の鷹』。杉田玄白と前野良沢を対比的に描く。ひたすら蘭学にうちこむ前野良沢の姿が、非常に印象的である。
蘭学という学問領域がどのように形成され、また、どのように消えていったのか。常識的には、近世から明治にかけての学問史、ということになる。自分のかかわる「国語学」については、ある程度わかるつもり。近年の「国語学批判」によって、逆に、「国語学」という学問の成立事情が明らかになったということもある。皮肉なことではあるが。
人文学の危機的状況がさけばれるなか、日本語研究はどうなのか……といわれると、実はあんまり実感としては無い。少なくとも、歴史的な文献資料をあつかう分野があぶない、ということは分かる。
しかし、裏返せば、むかしは、あまり現代語のことを研究してこなかった。どのような分野でも、人的リソースは限られている。国語学・日本語研究という分野内部での、リソースの配分の問題かともいえるが、さて、どうであろうか。
とはいっても、日本語研究全体をみると、現在では、コンピュータによる言語処理など、工学系の研究者が増えていることは確か。
ところで、もとにもどって、蘭学事始。蘭=阿蘭陀(オランダ)であることはいうまでもない。私は、オランダ語の辞書を一冊だけ持っている。どのような辞書かというと、インドネシアがオランダの植民地であった、そのため、インドネシアでのオランダ語のための、オランダ語辞典。
日本語とオランダ語とのつきあいは、江戸時代のことに限ったことではない。
當山日出夫(とうやまひでお)
松田清さんのブログ「松田清のtonsa日記」で、前野良沢のことに触れてある。
前野良沢資料集 第一巻
http://d.hatena.ne.jp/tonsa/20090312/1236825499
前野良沢については、人並み(?)の知識しかもちあわせていない。高校の教科書(日本史)に登場する程度のこと。『蘭学事始』は、確か岩波文庫で読んだかと思う。
それから、忘れられないのは、吉村昭の『冬の鷹』。杉田玄白と前野良沢を対比的に描く。ひたすら蘭学にうちこむ前野良沢の姿が、非常に印象的である。
蘭学という学問領域がどのように形成され、また、どのように消えていったのか。常識的には、近世から明治にかけての学問史、ということになる。自分のかかわる「国語学」については、ある程度わかるつもり。近年の「国語学批判」によって、逆に、「国語学」という学問の成立事情が明らかになったということもある。皮肉なことではあるが。
人文学の危機的状況がさけばれるなか、日本語研究はどうなのか……といわれると、実はあんまり実感としては無い。少なくとも、歴史的な文献資料をあつかう分野があぶない、ということは分かる。
しかし、裏返せば、むかしは、あまり現代語のことを研究してこなかった。どのような分野でも、人的リソースは限られている。国語学・日本語研究という分野内部での、リソースの配分の問題かともいえるが、さて、どうであろうか。
とはいっても、日本語研究全体をみると、現在では、コンピュータによる言語処理など、工学系の研究者が増えていることは確か。
ところで、もとにもどって、蘭学事始。蘭=阿蘭陀(オランダ)であることはいうまでもない。私は、オランダ語の辞書を一冊だけ持っている。どのような辞書かというと、インドネシアがオランダの植民地であった、そのため、インドネシアでのオランダ語のための、オランダ語辞典。
日本語とオランダ語とのつきあいは、江戸時代のことに限ったことではない。
當山日出夫(とうやまひでお)
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