『豊饒の海』第一巻『春の雪』三島由紀夫(その二)2017-03-20

2017-03-20 當山日出夫

三島由紀夫.『春の雪ー豊饒の海 第一巻ー』(新潮文庫).新潮社.1977(2002.改版) (新潮社.1969)
http://www.shinchosha.co.jp/book/105021/

つづきである。

やまもも書斎記 2017年3月19日
『豊饒の海』第一巻『春の雪』三島由紀夫
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/03/19/8410111

私が、ひさしぶりにこの作品を読んで、読み始めてまず思い浮かんだのは、明治宮廷のことである。

やまもも書斎記 2016年5月29日
米窪明美『明治天皇の一日』
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/05/29/8097931

『春の雪』の主人公、清顕は、明治宮廷において、お裾持ちの役目を、少年のときにしたとある。学習院から、しかるべき華族の子弟がえらばれて、その役目をはたす。そのことについては、米窪明美の本に詳しい。

このあたりの描写は、学習院出身の、三島由紀夫、いや、平岡公威として、学習院に学んだことが反映してのことであることは、想像できる。

それにしても、大正時代初期の華族社会を実に見事に描いている作品である。実際は、このようなものではなかったのかもしれないが、しかし、小説としては、見事である。さもありなん、という叙述になっている。

『春の雪』には、ほとんど、市民、庶民といった人物が登場しない。例えば、書生の飯沼など、出てはくる。そして、その後の『奔馬』では重要な位置をしめるのだが、『春の雪』の世界では、脇役でしかない。

主な登場人物は、主人公の清顕、その父親、その友人の本多、そして、恋の相手である、聡子。それから、シャムからきた王子たち。みな、貴顕の人びとばかりである。

そして、これは、作者(三島由紀夫)にとってはある意味で過去のできごとでもある。三島は、1925(大正14)年の生まれ。大正時代の初期のことは、知っているはずがない。だが、だからこそというべきか、自分の実体験していない世界のことだからこそ、華麗な装飾過多とでもいうべき文体で、その華族社会のひとびとの生活とその感覚を、鮮やかに描き出すことに成功している。

しかし、それにしても、この作品における三島の文章は、なんと過剰な虚飾に満ちたものかと思わないでもない。

読みながら付箋を付けてみた箇所、

執事が馬車の用意の調ったことを告げた。馬は冬の夕空へ嘶きを立て、白い鼻息を吐いた。冬は馬び匂いも希薄で、凍った地面を蹴立てる蹄鉄の音が著く、清顯はこの季節び馬にいかにも厳しくたわめられている力を喜んだ。若葉のなかを疾駆する馬はなまなましい獣になるけれど、吹雪を駆け抜ける馬は雪と等しくなり、北風が馬の形を、渦巻く冬の息吹そのものに変えてしまうのだ。
(pp.83-84)

このような文章が、延々とつづく。読んでいて、ちょっといやになる……そんな気がしなくもない。だが、このような文章だからこそ、虚栄、虚飾とでもいうべき、大正時代初期の華族社会の人びとの有様を、あからさまに描き出すことができている。著者は、その虚飾の面をあばきだそうというような意図はなかったのかもしれないが、今の目で読んでみると、虚栄を虚飾の修辞で描き出したと、読める。

それから、次のような箇所は、三島の最後の事件を知って読むと、なかなか興味深い。

百年、二百年、あるいは三百年後に、急に歴史は、〈俺とは全く関係なく〉、正に俺の夢、理想、意思どおりの姿をとるかもしれない。正に百年前、二百年前、俺が夢みたとおりの形をとるかもしれない。俺の目が美しいと思うかぎりの美しさで、微笑んで、冷然と俺を見下ろし、俺の意思を嘲るかのように。
(p.126) 〈 〉内、原文傍点

このような文章を書いたとき、三島は、自分が最期におこすことになる事件を、予見していたのだろうか。

追記 2017-03-22
このつづきは、
やまもも書斎記 2017-03-22
『豊饒の海』第一巻『春の雪』三島由紀夫(その三)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/03/22/8415222

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