『壁』安部公房/新潮文庫2022-07-30

2022年7月30日 當山日出夫

壁

安部公房.『壁』(新潮文庫).新潮社.1969(2016.改版)
https://www.shinchosha.co.jp/book/112102/

なんとなく安部公房を読んでいっている。三島由紀夫を読んでいたところで、脇道にそれているのだが、しかし、考えてみれば、三島由紀夫と安部公房はほぼ同時代の作家と言っていいことになる。

『壁』は、芥川賞の受賞作である。一九五一年(昭和二六年)。

どうだろうか、今の時代であれば、この作品が芥川賞を取ることはあり得るだろうか。非常に意欲的な作品であり、そのテーマとするところは深淵である。しかし、今の価値観から読んで見ると、たしかに今でも斬新なところは感じる一方で、私としては、どこかしら古さ、と言って悪ければ、時代の刻印とでもいうようなものを感じ取ってしまう。

自分の名前を無くしてしまった男。影を失ってしまった男。これらは、今日においても、非常にリアルな問題意識をつきつける。この意味では、この作品はまったく古びていない。たしかに、ある種の寓意を感じさせる作品である。寓意というものは、きわめて普遍的なものでもある。

私が読んで一番面白かったのは、「魔法のチョーク」。これは、今の、仮想現実、拡張現実などの技術が普及しつつある時代においてよむと、奇妙なリアリティがある。たぶん、この作品の書かれたときは、空想の作品であったにはちがいないのだが。

安部公房を読んでいると、ありえたかもしれない日本文学の可能性……とでもいうようなものを考えてしまう。安部公房が何を残したかを考えてみることは、現代の日本文学について大きく反省をせまるものになるにちがいない。

2022年6月17日記