英雄たちの選択「熊本城、陥落せず!〜実録「西南戦争」最強・西郷軍との攻防〜」2025-01-29

2025年1月29日 當山日出夫

英雄たちの選択 熊本城、陥落せず!〜実録「西南戦争」最強・西郷軍との攻防〜

多くの視聴者がそうであるかと勝手に思うのだが、西南戦争については、司馬遼太郎の『飛ぶが如く』は読んでいる(これは私は二回読んだ)、その程度の知識しかもっていない。それを、熊本城の攻防戦、谷干城の判断、ということに焦点をあてて描いたというのは、非常に面白かった。そして、これが、同時に、『坂の上の雲』に対する批判にもなっている。

西南戦争の熊本城の攻防戦というと、どうしても田原坂のことを考えてしまうのであるが、このことについては、ほとんど触れることがなかった。

軍事史的に見たとき、谷干城の判断は正しかった、といっていいことになるだろう。番組では言っていなかったが、籠城戦を戦うとなると、攻撃側の戦力が多くないと戦えない、と思っているのだが、この場合どうなのだろうか。食糧は不足がちということはあったにしても、兵力は十分にあり、また、兵器においても優っていた。であるならば、籠城を続けるというのも、十分に合理的な判断だったかとも思われる。このとき、熊本城は、完全に外部との通信を遮断されてしまっていたのか、それとも、政府軍(味方)の動きをある程度知ることができたのか、この情報の有無が、判断の重要なポイントになるように、私には思える。

この番組の面白いところの一つは、軍事用語を、ほとんど注釈的な説明なしにどんどん使っていることである。ここは、無理に分かりやすく説明しない方が、歴史的、軍事的には、的確な説明になるかと思うところである。

堡籃というのは、始めて知った。WEBで見ると、「Gabion」の訳語であり、専門的な軍事用語であるらしい。これを熊本城で作ったことが、上野彦馬が撮った写真から分かるという。いったいどうして、上野彦馬が、この写真を撮ることになったのか、その経緯について説明はなかったが、興味のあるところである。そして、熊本城の谷干城や、その配下の軍人たちは、このことの知識をどうやって手に入れていたのだろうか。江戸時代からの、軍事的知識として、伝わっていたものなのだろうか。

スナイドル銃とエンフィールド銃とでは、元込め式と先込め式の違いはあることは分かったが、射程距離とか、命中精度とは、どれぐらい差があるものだったのだろうか。

四斤砲の威力、それから、射程距離はどれぐらいだったか、具体的に分かると面白い。これで、熊本城の石垣を崩すことが可能だったのだろうか。実際の戦闘においては、城内に砲弾を撃ち込んで兵をたおすことになるが、そのためには、着弾点を観測しなければならない。それを、西郷軍は確保できていなかったことになる。

もし現代の軍事知識として、熊本城を攻略する、あるいは、防御するとなると、どのような戦術や作戦を考えることになるのだろうか、このあたりを専門家に解説してもらえるとありがたいのだが、これは、この番組の範囲を超えたことになる。

谷干城のその後が興味深い。近代的な日本の軍隊の実力とはどの程度のものであるか、ということを知悉していたからこそ、日露戦争における非戦論ということになったのであろう。近代とはまさに軍隊であるが、国民国家の軍隊とはどのような制度のもとに設計されるべきか、明治の日本で、このことについて冷静に考えた人間は、どれぐらいいるのだろうか。もちろん、現代の日本においても、これは重要な議論である。ただ、防衛費の多寡を論じるだけの水掛け論が、世論として横行しているとしか思えないのだが。

また、爵位の世襲に反対していたことは重要である。爵位が軍人としての功労であるとしても、それは世襲されるべきものではないというのは、明治以降の近代日本において、一つの卓見というべきである。(どうでもいいことだが、三島由紀夫の『春の雪』を思い出す。軍人の末裔で華族であることと、京都の公家の末裔で華族であること、この微妙な違いを背景にしてこの小説はなりたっている。)

2025年1月27日記

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