『おむすび』「理想と現実って何なん?」2025-03-09

2025年3月9日 當山日出夫

『おむすび』「理想と現実って何なん?」

この週だけを見れば、それなりに話しの筋はまとまっているし、アットホームな雰囲気のするいいドラマになる。しかし、始めからずっと見てきていると、いったいこのドラマで言いたいことは何なのか、主人公は何をしたいのか、もうメチャクチャである。

『おむすび』が始まったとき、結は、おいしいものを食べれば元気になる……ということを言っていた。この意味のことは、その後、何度も出てきていると憶えている。

その結は、栄養士になり、その後、管理栄養士になって、病院につとめる。

おいしいものを食べて元気になる、でことが済むなら、病院の栄養士は何のために仕事をしているのだろうか。病気によって、食べられるもの、食べてはいけないものがある、それをきちんと考えてメニューに反映させるのが、仕事だろうと思う。このときには、当然ながら、食べたいおいしいものがあるけれども我慢しなければならない、ということがある。これは、以前に結が言っていたことを否定することになるのだが、そのことについて、このドラマはまったく無頓着である。

おいしいものを食べたい、ということなら、この方針でドラマは作れる。また、体にいい食べ物とは何かということでも、ドラマは作れる。だが、これらを両立させようとすると、かなり困難な場面があるはずだが、ここのところは、なんとなくスルーしている。いや、ごまかしてきているとしか思えない。

管理栄養士の仕事といっても、病院での仕事と、食品をあつかう企業での仕事と、さらには、学校での仕事(管理栄養士の仕事としては、栄養教諭という職種がある、だが、結は、四年生大学を出ていないから無理であるが)、スポーツ選手のための食事の管理という仕事、それから、スポーツをする子どものための食事の管理ということもあるはずだが、これらの、仕事が、それぞれにどういう特性があり、どのような専門知識が必要とされるのか、まったく見えてこない。ただ、管理栄養士の資格というだけではなく、その資格でも、種々の職業によって要求される、さらに専門的知識が異なるはずである。

このことは、まず、結が、始めから管理栄養士を目指して四年生大学に進学して、そこでどんな勉強をしたのが描いておけば、なっとくできるストーリーとして描けたことかと思う。それを、栄養士の専門学校に行って、その後、管理栄養士の資格試験を受けたという流れにしてしまったので、描くことができないままになってしまったことになる。(その結果、専門学校のときの友達のことが、全く出てこなくなった。昔のギャル仲間のことは出てくるのに、である。)

しかし、いったんは栄養士として会社の社員食堂の仕事をした経験がありながら、コンビニの高齢者向けのお弁当開発のときには、食材のコストとか、調理の手間暇とか、まったく考えていたふしがなかった。栄養士としての専門学校での勉強のときにに、社食の仕事のときにも、食材のコストということはかなり意識していたのだが、そのときの経験が、まったく活かされていない展開になっている。これはこれで、非常に不自然な展開になっている。

コンビニで販売する高齢者向けのお弁当を開発するのに、病院の管理栄養士の片手間の仕事で、というのも、これもどうかと思う。ビジネスとしては、コンビニの会社としては、正式に、「~~病院監修、高齢者向け」というようなお墨付きが欲しいところにちがいない。でないと、店にならぶ他のお弁当を区別がつかない。つまり、それを選んでもらえない。こういう商品なら、カロリーとか栄養素とかの表示も必須であるにちがいない。こういうところで差別化するしか、商品として価値を生み出せないだろう。

そして、もしそうであるならば、少しぐらいは高くても売れる可能性がある。今の時代なら健康のためにということで、割高でも購入する消費者もいるだろう。その一方で、少しでも安くという消費者もいるにちがいない。どういう消費者をターゲットにした商品なのか、まずこれが明確でないと、販売の価格が決まらない。つまり、かけられるコストが、どれほどなのか分からないままということになる。これは、商品開発のプロセスとしては、致命的なミスということになると思うのだが、どうだろうか。ただ、フレイルを予防するためだけというのでは、マーケッティングとして不十分である。どういう人たちが、いくらの値段なら買ってくれるか、それをどう売るか、という戦略がまったくない。

また、高齢者向けのお弁当を開発するなら、少なくとも、同一価格でシリーズ化して数種類以上は、同時に用意できないといけないはずである。ある日ににそれを買ったとしても、次の日に同じものを買うだろうか。お菓子ならそういうこともありうるだろうが、お弁当で、毎日同じメニューのを買おうとは、普通は思わないだろう。たまに一食だけが、このお弁当であったとしても、それで高齢者の日常的な食事の手助けにはならない。このあたり、どう考えても非現実的にドラマのなかでことがはこんでいると感じざるをえない。

それから、商店街でテーラーをしていた要蔵夫妻が老人ホームに入るとあったのだが、かなり高級なところらしい。これはいいとしても、老人ホームもまた、管理栄養士の仕事の場所である。こういうことにまったく触れないままというのは、このドラマの制作にあたって、管理栄養士という仕事について、きちんとリサーチしていない、としか思えない。はっきりいって、このドラマの作り方は、杜撰なままであるといっていいだろう。

2025年3月8日記

『カーネーション』「宣言」2025-03-09

2025年3月9日 當山日出夫

『カーネーション』「宣言」

Eテレの「偉人の年収 How much ?」で、小篠綾子のことをあつかっていたので、これは録画して見た。『カーネーション』の脚本は、かなり忠実に、モデルの小篠綾子の人生をなぞっているということが分かる。

岸和田の呉服店に生まれ、女学校をやめてパッチ屋につとめてミシンの使い方を習得し、看護婦さんの制服を作ったり、立体裁断を独自に始めたり、このあたりことは史実どおりということになる。また、三人の娘たちがが、「ピアノ買うて」の紙を家中においたことも、本当のことだったらしい。

そして、七〇を超えて、新しく自分のブランドを立ち上げたことも、史実をふまえてのことになる。この過程を、ドラマとしては、非常に自然に描いていたと感じる。

間違えて仕入れてしまった100反の生地の使い道として、高齢の女性向けの服をデザインすることになり、その売れ行きがいいので、じゃあ自分の名前でブランドをたちあげて、高齢女性向けのプレタポルテをはじめる。このあたりの流れは、非常に自然だと感じる。

また、孫の里香のことも、この時代に、こういう高校生ぐらいの少女がいても、これはそうだったかと、感じるところがある。

岸和田のオハラ洋装店は、オハライトコに、看板が変わる。この店は、昔の小原呉服店にリフォームを重ねたものだが、それぞれの店の時代にあった作りになっている。そして、この店がドラマの展開の主な舞台になるのだが、それぞれの場面が、非常に立体的な映像として描かれている。奥行きのある構図であり、窓から外の景色や通りの様子が見える。窓から見える庭木の枝が、風にふかれて揺れている。映像としても、非常に凝った演出になっていると感じる。

この週の最後のシーンで、家の中におかれた写真がずらりと出てきていた。これまでのドラマに登場してきた人たちである。しかし、このなかに、周防の写真はない。ないのだが、しかし、糸子が周防のことを忘れているわけではない。このあたりの心情が、写真が出てこないことによって、じんわりと表現されていると感じることになる。

そして、このドラマも終盤になって、老人の孤独ということを描くようになっている。それを社会問題として否定的に見るでもなく(糸子は、今でいえば、一人住まいの高齢者ということになる)、人間が普通に生きていればそういうものなのだ、という視点で描いている。商店街の周囲に生活をサポートしてくれる人がいるという安心感はある。

2025年3月8日記

『カムカムエヴリバディ』「1976ー1983」「1983」2025-03-09

2025年3月9日 當山日出夫

『カムカムエヴリバディ』「1976ー1983」「1983」

この週で描いていたのは、ひなたが高校生になってからのこと。

高校三年生になっても、ひなたは、進路が定まらずにいる。幼なじみの小夜子は大学に行って教員を目指す。一恵は、すぐにはお茶の先生をつぐことはせずに短大に行くという。(この時代なら、まだ女性の進学先として短大が普通だった時代でもある。)

かといって、家業の回転焼き屋で働くということもないようだ。回転焼きを焼こうとするひなたに対して、母のるいは、生まれて一八年間一度も手伝ったことがないのに、いきなり回転焼きを焼くの無理……と言っていたが、これまで、ひなたが回転焼きを焼くシーンは無かった。無論、ジョーもできないから、結局、この店はるいが一人できりもりしてきたことになる。

映画村で、条映城のお姫様コンテストがある。それにひなたは出場するのだが、選ばれるということはなかった。そのコンテストの舞台でめぐりあったのが、以前、店に来たことのある男(五十嵐文四郎)だったことになる。

これを客席の奥で見ていたのが、伴虚無蔵。ひなたに、映画村で夏休みの間、アルバイトをしないかともちかける。そこで、ひなたは、条映や映画村の人たちと出会うことになり、次の展開になる。

このような流れになる。

この時代の、高校生の気持ちを、ややコミカルであるが、こんなもんだっただろうなあ、と描いていることになる。まだ、女性の四年生大学進学率が、そんなに高くなかった時代であり、また、働くといっても、男女雇用機会均等法の前の時代でもある。

演出が細かいなと思ったのが、お姫様コンテストのときの、舞台の殺陣。このとき、浪人たちを相手にした文四郎は、刀を抜いて、回転させて刃を下にしていた。つまり、剣劇としては峰打ちにしたことになる。わずかな動作だが、きちんと考えて殺陣が演じられていたことが分かる。

だが、ひなたは、舞台の上で文四郎の刀を抜いて逆に斬りかかるとき、刀を普通に使っていた。峰打ちではなかった。

文四郎も、伴虚無蔵も、条映では大部屋俳優である。『カムカムエヴリバディ』の、この週当たりを見ると、どうしても、前のシーズンに再放送された『オードリー』を思い出す。太秦の映画産業、なかでも、時代劇映画の衰退の時期になる。この時代に、時代劇の関係者は、どんな気持ちで仕事をしていたのだろうか。衰退していく時代劇をなんとかしたいという気持ちは、強く持っていたのだろうが、具体的にどんな映画をどう作ればいいのか、悩んでいた時期になる。

斬新な手法の時代劇ドラマとしては、「木枯し紋次郎」があり、必殺シリーズがあったが、だからといって、時代劇が大きく挽回するということはなかった。これは、その後の歴史であきらかになることである。

条映の映画村のシーンを見ていると、この時代に時代劇にかかわった人びとの、悲哀と情熱をなんとなく感じる。

商店街の大月の家の中では、柱とか台所の家具とかに、あちこちシールが貼ってある。この時代だと、子供たちが、ペタペタ貼っていたものである。

ジョーとひなたがテレビを見る。ここで過去の朝ドラが出てくるのだが、『おしん』が使われていた。『おしん』は、これまでに再放送で二回ほど見ているが、その最初の回は、ドラマのなかで言っていたとおり、乙羽信子のおしんが列車のなかで登場するのは、終わりになってからだった。生まれ故郷の山形に向かっていたことになり、そこから、小さいころの小林綾子に引き継がれる、という展開だったのを憶えている。

『おしん』が放送されていた時代、日本が高度経済成長を終えたころであり、社会の豊かさを多くの感じられていた時代でもあった。その社会の変化のなかで、太秦で作るような時代劇の表現する価値観が忘れられようとしていた時代でもあったことになる。

2025年3月8日記