ともあれ無事に終わった2008-07-19

2008/07/19 當山日出夫

ワークショップ:文字-(新)常用漢字を問う-

ともかく無事に終わって、懇親会が済んで、やっと帰宅。詳細などは、明日以降に、書く。でも、次のCH研究会の準備もあるし。まったく自転車操業である。

今日は、いろんな人があつまった。そのメンバーの顔ぶれは、ちょっと意外なところもあった。

今はこう思う。今日の話題。共時的には、文字の規格と情報通信の問題が中心であった。だが、これを、通時的に未来に向けて考えるならば、アーカイブの問題になる。

さて、これから、あらためて考える。

當山日出夫(とうやまひでお)

『こんな日本でよかったね』2008-07-20

2008/07/20 當山日出夫

やっぱり出ると買ってしまう、内田樹センセイの本である。

内田樹.『こんな日本でよかったね-構造主義的日本論-』.バジリコ.2008

もとがブログ記事であるから、ある意味で読みやすい。あるいは、急に、パラグラフが変わって、話しが飛躍したり。ま、気楽に読めばいいのであろう。この本を読んだ後、事後的に、自ら、何を思うか、なのであるから。

内田樹から学ぶべきものとして、私が考えるのは、「自分とは違った考え方をする人がいる、ということへの、理解」である。自分は、このように考えるということを、主張することはできる。だが、自分とは、異なる考え方をする人に対して、何故、自分は、この人に同意できないのか、あらためて、自問することは、レベルが異なる。

と、いうようなことを「文字」についても、感じている。

WSの後の懇親会、いろいろ席をまわって、参加者の意見を聞いてみると、WSを企画した、私と師さんの意図とは、違った発想の持ち主が多いように、みうけられた。それは、それで、かまわないのであるが。

漢字を増やすこと、いわゆる「まぜ書き」をなくすこと、漢字の字体の正しさやデザイン差について論じるとこと……このようなことには、熱心な人が多い。これはこれで大いに結構なことである。

ある公的な文字セットを「設定する」(今回であれば、(新)常用漢字)ということと、それを、どのように「運用する」か、ということは、次元が異なる。

このあたりの論点整理ができていない。(このあたり、マスコミの報道のレベルの問題でもある。)

「俺」が(新)常用漢字になったとしても、「俺/ORE/」という、ことばを使わなければならないということではない。使わなくてもかまわない。漢字で書かなければならないわけでもない。書きたければ、「俺」「オレ」「おれ」、各種の表記法がある。そのうち、漢字を選択したときに、どの文字(字体)を、標準的なものにするか、というだけのことである。

(新)常用漢字外であれば、通行の漢和辞典の字体(康煕字典体)を採用ということになる。(新)常用漢字に入れば、公文書・新聞・教育などにおける、漢字を使用するときの、標準的な字体となる、ただ、それだけのことではないのか。(なお、「俺」に、拡張新字体は、今の時点では、存在しない。異体字は、あるかもしれないが。)

かつて、「0208(83)」規格が、猛烈に批判された時期があった。JIS漢字は、日本の伝統文化を破壊しているとまで、言われた。では、その後、「0213」になってどうなのか。あるいは、さらに「04」になってどうなのか。むかし、JIS漢字を批判した人たちの、今の意見を聞いてみたい。そして、できれば、(新)常用漢字についても、意見をきいてみたい。

(新)常用漢字は、漢字を増やすのみではなく、削る案もふくんでいる。尺貫法の文字を残さないのは、日本の伝統文化の破壊ではないのか。これは、「鴎」をどう書くかという以上の問題をはらんでいる(はずである)。

沈黙も、また、一つの意見表明のあり方なのではあるが。

當山日出夫(とうやまひでお)

『ARG』332:コーヒーハウスの思想2008-07-21

2008/07/21 當山日出夫

ARGの332号について。

http://d.hatena.ne.jp/arg/20080721/1216566831

私個人の専門領域としては、まず、『古事類苑』である。私ぐらいの年代の、日本史・日本文学関係の研究者なら、かなり持っているはずである。ちょうど、学生のころ、吉川弘文館から、縮刷版が刊行になった。

「これは欲しい」と思って買った。全部で、本棚のひとつ分ぐらいある。

それが、今や、デジタル化されるとは、感慨無量である。

それから、やはり、今回の号で、読むべきは、編集日誌で語られている、ARGの理念、であろう。私個人は、ARGは「便利」と思ってはいるが、「老舗」とは思っていない。いや、インターネットの世界に、「老舗」という発想を持ち込むことは、どうかな、とさえ思う。常に「いま」である、と考える。

私自身、よく、ARGは、MLなどで言及することがある。だから、そのURLに「cofeehouse」とあることは、知っていた。しかし、そこに、込められた、岡本さんの真意までは、理解できていなかった、正直なはなし。

いわれてみれば、「コーヒーハウス」とは、人と人とが出会う場所を提供することに、意味がある。今後は、ARGカフェやオフ会などで、ARGがきっかとなって、いろんな人とのつながりが広がっていくこと、これが次のステージの目標だろうと思う。

いいかえれば、単にARGを購読するだけではなく、ARGカフェに、みずから足を運ぼう、ということ。あるいは、ここで紹介された各種の学術リソースについて、個別のブログなどで、語り合い、コメントしあい、トラックバックをつないでいく、このような広がりが、さらにひろがっていくことが、今後の、(岡本さんだけではなく、みんなの)目標であると、私は思う。

當山日出夫(とうやまひでお)

新常用漢字:開国2008-07-21

2008/07/21 當山日出夫

2008年7月19日のワークショップ。私が、基調報告を述べることになった。というより、そうせざるをえない。なにせ、師さんと私(當山)とで、共同で、企画したWSである。師さんには、一般キャラクタ論としての文字論、を発表してもらった。となると、残りは、私しかいない。

で、最初のパワーポイントの画面で見せたのが、「開国」の2文字。パワポの最大サイズで見せた。

実は、これを作ったのは、小形さんの発表資料をもらってから。当日、会場で配布された、フローチャートのような形式のもの。これは、小形さんのブログ経由で、ダウンロードできる。

もじのなまえ

http://d.hatena.ne.jp/ogwata/20080719/p1

資料の中に次のようなことばがある。

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日本国政府の自由意志では、字体規範を決められない

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このことを、みんなに分かってほしかった。つまり、どのように日本国内で文字の規格や規範をきめようと、実際の運用(コンピュータに実装)においては、インターネットでのユニコードを無視できない、いや、そのなかでしか、もはや、論じられない状況にある、ということである。

これを、私は、「鎖国」に対する意味で、あえて、過激に「開国」と表現した。

昔、江戸時代、林子平という人物がいた。かれは、このような趣旨のことを述べた。日本橋の川の水は世界につながっている。同じように、日本のコンピュータで使う文字も、世界にユニコードでつながっている。

特に、今回の(新)常用漢字表の改訂が、情報機器(コンピュータ)の利用を念頭においてのことであるとするならば、この視点からはじめなければならない。

とりあえず字種を決めて、字体は後から……などということを言ってはいられない。この字をこの字体でいれたら、日本語の表記の常用漢字は、ユニコードの世界では、どのような位置になるのか。ひょっとすると、互換漢字になってしまうかもしれない。このことを、同時に考えなければならない、と私は思っている。

あえて言う、日本語を書くための文字(漢字)を、鎖国の状態においてはいけないのである、と。

當山日出夫(とうやまひでお)

文字と文書のアーカイブ2008-07-22

2008/07/22 當山日出夫

ちょうど、今、CH79(人文科学とコンピュータ研究会)、金沢文庫、の発表のパワーポイントを作っているところ。

小形さん、どうも、コメントありがとうございます。

そうですね、国として制度的には、とっくに、開国しているのに、鎖国状態なのは、一部の人の頭だけかもしれません。ただ、ある意味で、国際的にどうであろうと、我が国の文字はこうである、という立場もあり、だと思っています。しかし、それを言うとき、小形さんがご指摘のような、どのような現状であるかをふまえて言ってほしい。

小形さんの先日の資料、それから、安岡さんの資料など、次のCHで使わせてもらうつもりです。もちろん、典拠を明示します。

共時的に、今の時代で、どう文字が見えるか、という問題……これを、通時的に将来にわたって考えると、文字のアーカイブ、ということになります。

當山日出夫(とうやまひでお)

ローマ字についても考えたいが2008-07-23

2008/07/23 當山日出夫

kmnsさんから、ローマ字表記についてコメントをいただいている。日本語全体の表記としては、将来の課題としては、(新)常用漢字や、仮名遣い、に限らず、ローマ字についても、視野にいれて、総合的に考えねばならない。

日本語のローマ字表記については、いろいろと議論のある問題。端的に、英語を、グローバル・スタンダードと割り切って、ヘボン式を基本に、というのも一案。

そうじゃない、日本語は日本語の音韻体系があるのだから、と考えるのも、一つの方向。

明日から、しばらく家をあける。CH研究会など、3日ほど。レッツノートは持って出るが、外に出てまで、インターネットにつなぎたくない(解放されたい)という気もある。さて、どうしようか。

文字のアーカイブについての発表。ここ当分、文字のことから、離れられそうにない。

ともあれ、今日は、午後から試験監督。家にかえったら、採点の仕事がある。

當山日出夫(とうやまひでお)

CH-79のパワーポイントを書き換える2008-07-23

2008/07/23 當山日出夫

先ほど受信した、ビジネスアーカイブ通信(MM)。

http://www.shibusawa.or.jp/center/ba/index.html

これを見ると、

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■行事情報:アメリカ・アーキビスト協会(SAA)第72回年次大会

8月26日-30日 サンフランシスコ

Society of American Archivists' 72nd Annual Meeting

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とある。これを見て、さっそく、「人文科学とコンピュータ研究会」(CH-79)の発表の、パワーポイントに手を入れることにする。

「デジタルアーカイブ」について、どうとりくんでいくか、という枠組みのなかで、文字をどうアーカイブするか、という話しなので、最近の動向として、触れておきたい。

ともあれ、渋沢財団のBA通信に感謝。

當山日出夫(とうやまひでお)

『ARG』333号2008-07-28

2008/07/28 當山日出夫

しばらく、このブログから遠ざかっていた。CH研究会(金沢文庫)で、発表。そのいきさつについては、追って書いていきたい。「アーカイブ」について、いろいろと考える機会であった。

で、ARGの333号について、少しだけ。

ARG

http://d.hatena.ne.jp/arg/20080728/1217173216

読むべきは、岡田孝子さんの

レポート「そこに大学図書館がある!-法学教員と図書館員が仲良くなる方法」参加報告記

である。

最近、ある先生が、あるMLで、言っていたこと。それは、日本においては、図書館情報学、というものの存在が希薄である、という指摘。いわれてみれば、そうかなとも思う。

図書館情報大学は、筑波大学に吸収されているし、慶應でも、特に図書館情報学が、際だった存在という感じもしない。(ちなみに、私は、卒業後25年以上経過した、塾員である。)

しかしながら、岡田さんの文章のうち、次の点は、きわめて重要であると思う。

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リーガルリサーチとは単なる情報検索ではなく、情報の解釈と判断を含む具体的な法律問題解決作業の一部である。

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ここにおける、「リーガルリサーチ」「法学」を、「人文学」におきかえてみる。そうすると、学術情報の探し方、取り扱い方、それ自体が、学知の継承につながっている、と言えそうである。

今、人文学研究の分野では、どのようにして、文献や論文、資料(史料)などの検索を、学生に教えているであろうか。少なくとも、私が、学生であったころの思い出としては、意図的に、そのようなことを習った記憶はない。

目録を読め、例えば、内閣文庫の目録など、という教え。これは、ある学問領域における、暗黙知による学知の継承ということであるのかもしれない。

當山日出夫(とうやまひでお)