『豊饒の海』第一巻『春の雪』三島由紀夫(その三) ― 2017-03-22
2017-03-22 當山日出夫
『春の雪』についてさらにつづける。
やまもも書斎記 2017年3月20日
『豊饒の海』第一巻『春の雪』三島由紀夫(その二)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/03/20/8411334
この小説では、舞台としている、大正時代の華族社会の目からみたものとして、アンビバレントとでもいうべき、価値観が存在している。それは、明治という時代の偉大さと、喪われつつある本当の気高さ、とでもいおうか。
明治という時代は、この小説では、いくつかの意味を持っている。
第一に、日露戦争に勝った時代。偉大なる明治の時代のイメージである。
第二に、明治維新を成し遂げたのは、武士(それも下級の、地方の)である。その功業をみとめるにやぶさかでないにせよ、本当の文化、雅びは、千年の都である京都でうけつがれて、今日にいたっているという意識。
まず、第一の点。明治の偉大さ、ということ。この小説『春の雪』は、日露戦争の時の写真からはじまる。「得利寺附近の戦死者の弔祭」と題する写真の描写がある。日露戦争に勝った、だが、犠牲も大きかった。その日露戦争について、〈戦争を知らない〉世代として、松枝清顕と本多繁邦は、冒頭から登場することになっている。
だが、その一方、本物の文化となると、明治国家は、作り得なかった。清顕の家は、侯爵家である。明治維新の功業によって、身分を得た。また、金銭的にも豊かである。だが、もとをただせば、鹿児島の下級武士という設定になっている。だから、本物の宮廷文化を知らない。そこで、清顕は、綾倉伯爵家にあずけられて、養育をうけるという設定。綾倉伯爵家は、公家華族で、身分、格式こそあるものの、その財力では、とうてい松枝侯爵家におよばない。
このアンビバレントな価値観のなかに、清顕は、生まれ育ったことになる。明治維新をなしとげた祖父。それによって得た、侯爵という身分と巨万の富。それを、父はもっている。その息子、清顕は、三代目という設定。三代目の清顕にとって価値のあるものは、本物の文化、伝統、美、優雅、芸術である。そして、恋。
これは、三島由紀夫にとって、文化、古典とは何であるか、という問いかけにもつながるものかもしれない。あるいは、日本の伝統とは何であるのか、ということにもつながる問題であろう。
日本の伝統とは何か、という問いかけが、この次の『奔馬』へとつながっていくのだと思う。
『春の雪』についてさらにつづける。
やまもも書斎記 2017年3月20日
『豊饒の海』第一巻『春の雪』三島由紀夫(その二)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/03/20/8411334
この小説では、舞台としている、大正時代の華族社会の目からみたものとして、アンビバレントとでもいうべき、価値観が存在している。それは、明治という時代の偉大さと、喪われつつある本当の気高さ、とでもいおうか。
明治という時代は、この小説では、いくつかの意味を持っている。
第一に、日露戦争に勝った時代。偉大なる明治の時代のイメージである。
第二に、明治維新を成し遂げたのは、武士(それも下級の、地方の)である。その功業をみとめるにやぶさかでないにせよ、本当の文化、雅びは、千年の都である京都でうけつがれて、今日にいたっているという意識。
まず、第一の点。明治の偉大さ、ということ。この小説『春の雪』は、日露戦争の時の写真からはじまる。「得利寺附近の戦死者の弔祭」と題する写真の描写がある。日露戦争に勝った、だが、犠牲も大きかった。その日露戦争について、〈戦争を知らない〉世代として、松枝清顕と本多繁邦は、冒頭から登場することになっている。
だが、その一方、本物の文化となると、明治国家は、作り得なかった。清顕の家は、侯爵家である。明治維新の功業によって、身分を得た。また、金銭的にも豊かである。だが、もとをただせば、鹿児島の下級武士という設定になっている。だから、本物の宮廷文化を知らない。そこで、清顕は、綾倉伯爵家にあずけられて、養育をうけるという設定。綾倉伯爵家は、公家華族で、身分、格式こそあるものの、その財力では、とうてい松枝侯爵家におよばない。
このアンビバレントな価値観のなかに、清顕は、生まれ育ったことになる。明治維新をなしとげた祖父。それによって得た、侯爵という身分と巨万の富。それを、父はもっている。その息子、清顕は、三代目という設定。三代目の清顕にとって価値のあるものは、本物の文化、伝統、美、優雅、芸術である。そして、恋。
これは、三島由紀夫にとって、文化、古典とは何であるか、という問いかけにもつながるものかもしれない。あるいは、日本の伝統とは何であるのか、ということにもつながる問題であろう。
日本の伝統とは何か、という問いかけが、この次の『奔馬』へとつながっていくのだと思う。
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