『カーネーション』「薄れゆく希望」2024-12-15

2024年12月15日 當山日出夫

『カーネーション』「薄れゆく希望」

この週は、お葬式ではじまり、お葬式で終わったことになる。

父の善作の葬式を、糸子は盛大に(?)とりおこなう。おわりのところで、祭壇の前、横になったまま寝てしまっている糸子の顔を見ると、泣いている。父親を失った糸子の気持ちがうまく表現されていた。

戦時中の人びとの生活感覚というものを、このドラマは丁寧に描いている。特に、理想的な反戦平和主義ということではなく、日常の平穏な生活をなんとか取り戻したい、今の生活を維持したい、という素直な感覚が、おそらくあの時代の生活の感覚としてはあんなものだったのだろう、という雰囲気で伝わってくる。糸子は、はやく戦争が終わってほしいと思っているが、今日でいうような反戦平和主義者ということではない。

ミシンを供出させられないようにするために、軍服を縫うことになる。だからといって、糸子が軍国主義者で、大東亜戦争を肯定していたということにはつながらない。オハラ洋装店の仕事を守るためである。戦時中を生きた人びとのたくましさということを感じるところが多かった。

糸子にミシンの供出をせまってきたのは、国防婦人会の女性である。これは、朝ドラにおいて、ヒロインの天敵とでもいうべき存在である。ただ、この『カーネーション』では、その女性が自分自身の子どもを戦死させて葬列を歩いていた。このようなシーンは、他の朝ドラではなかったことかと思う。(ただ、歴史的には、国防婦人会というのは、それまで家庭のなかに閉じ込められていた女性たちが、どうどうと家の外に出て活動できるきっかけになったものである、ということにはなるはずなのだが。)

料理屋の吉田屋の奈津が、借金でどうにもならなくなって、夜逃げする。もし、ここで、吉田屋がなんとか残っていることになったら、その後の奈津の人生は、まったく違ったものになるはずである。その後の奈津の流転の人生を知っているだけに、この夜逃げの件は、印象に残る。

週の最後は、勘助の戦死だった。二度目の出征である。まだ、この段階では、勘助が最初の出征のときに、戦場でどんな体験をしたかは、語られることはない。それが明らかになるのは、戦後になってからである。そして、それは、このドラマにおいても、あるいは、歴代の朝ドラのなかでも、最も印象に残るシーンということになる。

まだ、この段階では、糸子は幼なじみの戦死ということだけでとらえている。

2024年12月14日記

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