ドキュメント20min.「山本×山本×金子」 ― 2024-02-15
2024年2月15日 當山日出夫
ドキュメント20min. 「山本×山本×金子」
再放送である。最初の放送は二〇二二年。この時は見ていない。(このときには、まだこの番組のことに気づいていなかった。今よりテレビを見る時間がなかった。今は、隠居して、ちょっとマイナーなNHKの番組を見るのが趣味のようになっている。)
家族のかたちはいろいろである。家族だから話せること、逆に、家族だから話せないこと、がある。このあたりの葛藤を、短い時間の番組だがうまく伝えていたと思う。
苗字を変えずに生活している、山本(母)と山本(子供)と金子(父)である。どのような事情で結婚することになったのか、説明はなかった。これは別に語る必要のないことである。
父の金子がかなり変わっている。大学を夜学で出て、渡米し、MBAを取得。公認会計士をしている。非常な努力家であるのだろう。だから、子供の山本に、恭一郎訓なる教えを示す。これは、今の一般の家庭のあり方からすると、かなり強引である。
また母の山本は、子供(山本)に、幼いころから剣道をさせている。七時になるとテレビを消してしまう、というのは普通の家庭からすると非常に厳しい。今なら、スマホを見るなということになろうか。
山本の姓を変えることのできない母と、金子の姓をつづけている父。ちょっと変わった家族のちょっと変わった会話といっていいかもしれないが、家族とはこんなものかなとも感じるところがある。今の時代における家族とはなんであるか、いろいろと考えることにつながっていく。
2024年2月12日記
ドキュメント20min. 「山本×山本×金子」
再放送である。最初の放送は二〇二二年。この時は見ていない。(このときには、まだこの番組のことに気づいていなかった。今よりテレビを見る時間がなかった。今は、隠居して、ちょっとマイナーなNHKの番組を見るのが趣味のようになっている。)
家族のかたちはいろいろである。家族だから話せること、逆に、家族だから話せないこと、がある。このあたりの葛藤を、短い時間の番組だがうまく伝えていたと思う。
苗字を変えずに生活している、山本(母)と山本(子供)と金子(父)である。どのような事情で結婚することになったのか、説明はなかった。これは別に語る必要のないことである。
父の金子がかなり変わっている。大学を夜学で出て、渡米し、MBAを取得。公認会計士をしている。非常な努力家であるのだろう。だから、子供の山本に、恭一郎訓なる教えを示す。これは、今の一般の家庭のあり方からすると、かなり強引である。
また母の山本は、子供(山本)に、幼いころから剣道をさせている。七時になるとテレビを消してしまう、というのは普通の家庭からすると非常に厳しい。今なら、スマホを見るなということになろうか。
山本の姓を変えることのできない母と、金子の姓をつづけている父。ちょっと変わった家族のちょっと変わった会話といっていいかもしれないが、家族とはこんなものかなとも感じるところがある。今の時代における家族とはなんであるか、いろいろと考えることにつながっていく。
2024年2月12日記
サイエンスZERO「未来の“船舶”開発最前線!」 ― 2024-02-14
2024年2月14日 當山日出夫
サイエンスZERO 未来の“船舶”開発最前線!
この前、船に乗ったのはいつのことになるだろうか。どこかに行ったとき、フェリーに乗ったとは思うのだが、何時、何処でだったか、もうまったく憶えていない。
なるほど今の船舶の世界はこんなになっているのかと、いろいろと驚くことがあった。
電気で動く船。技術的にはそう難しいことではないのかなという気がする。昔から潜水艦は潜水中はバッテリー駆動である。ただ、商用的に実用化するとなると、バッテリーの大きさ、重さ、容量、などいろんな問題がある。まずは、国内の短距離の運航からということのようだ。
面白かったのは、泡で水の抵抗を減らすこと。これは、かなり実用化されているらしい。それにしても、船の燃費に水の抵抗がきわめて大きいことを始めて知った。
コンテナ船の船首にまるいカバーをかけた状態にするだけで、空気抵抗を減らして燃費がよくなる。これも、なるほどそういうものかと思う。
各種の技術を組み合わせて、燃費のいい船がこれから開発されていくことになるのだろう。
船の自動運航は、とても興味深い。自動車の自動運転と違って、また異なる困難もあるのだろうが、実用化されるといい。少なくとも、船の操船をアシストする機能としては、十分に意味のある技術ということになるだろうか。
日本の輸出入は、船舶に頼っている。かつて、世界でトップだった日本の造船業は今はどうなのだろうか。新しい技術開発の分野に、これからの若い人が興味を持つことが、これからの課題であるにちがいない。
2024年2月12日記
サイエンスZERO 未来の“船舶”開発最前線!
この前、船に乗ったのはいつのことになるだろうか。どこかに行ったとき、フェリーに乗ったとは思うのだが、何時、何処でだったか、もうまったく憶えていない。
なるほど今の船舶の世界はこんなになっているのかと、いろいろと驚くことがあった。
電気で動く船。技術的にはそう難しいことではないのかなという気がする。昔から潜水艦は潜水中はバッテリー駆動である。ただ、商用的に実用化するとなると、バッテリーの大きさ、重さ、容量、などいろんな問題がある。まずは、国内の短距離の運航からということのようだ。
面白かったのは、泡で水の抵抗を減らすこと。これは、かなり実用化されているらしい。それにしても、船の燃費に水の抵抗がきわめて大きいことを始めて知った。
コンテナ船の船首にまるいカバーをかけた状態にするだけで、空気抵抗を減らして燃費がよくなる。これも、なるほどそういうものかと思う。
各種の技術を組み合わせて、燃費のいい船がこれから開発されていくことになるのだろう。
船の自動運航は、とても興味深い。自動車の自動運転と違って、また異なる困難もあるのだろうが、実用化されるといい。少なくとも、船の操船をアシストする機能としては、十分に意味のある技術ということになるだろうか。
日本の輸出入は、船舶に頼っている。かつて、世界でトップだった日本の造船業は今はどうなのだろうか。新しい技術開発の分野に、これからの若い人が興味を持つことが、これからの課題であるにちがいない。
2024年2月12日記
ブラタモリ「鎌倉の寺〜北条氏の寺でわかる!鎌倉幕府の偉業とは〜」 ― 2024-02-14
2024年2月14日 當山日出夫
ブラタモリ 「鎌倉の寺〜北条氏の寺でわかる!鎌倉幕府の偉業とは〜」
前回に続いての鎌倉である。この回は、寺院めぐり。建長寺、極楽寺、称名寺、であった。
建長寺は臨済の寺であるのだが、中国の宋の時代に日本にもたらされ、臨済宗ということで今にいたっている。だから中国風であるのは当たり前である。何もことさら新しく言うほどのことではないと思うのだが。
極楽寺については、以前は壮大な境内地をもつ巨大寺院であったということだが、このような寺は各地にある。また、遠方の地にある神様などを勧請することは、さして珍しいことではない、ごく普通にあったことである。
建長寺でのけんちん汁も推測としてということだったし、極楽寺と元寇のことも、ちょっと無理があるかなという印象である。といって、登場していた西岡芳文君……慶應の文学部で私より少し後輩になる、同じ太田次男先生のもとで学んだ……が、そうでたらめな説を語ることもないだろうとは思う。これは、鎌倉における宗教政策という観点から考えるべきことがらのように私は思う。
金沢文庫は新しくなった建物である。これは、昔は、トンネルをはさんで称名寺の側にあった。それを新しくした。これももうかなり以前のことになるが。昔、学生のころ、恩師の太田次男先生につれられて古い金沢文庫の方に行ったことがあるのを思い出す。
金沢文庫旧蔵の古典籍類は、各所に散逸している。これは、古典籍にかかわるものの常識的知識である。私が学生に教えていた「金沢文庫本白氏文集」は、現在では東京の大東急記念文庫にある。その他のいくつかの施設にもある。
『文選集注』、『源氏物語』(河内本)がテレビに映ることは珍しいかと思う。(蓬左文庫の河内本は、学生のころ、翻刻が刊行になったので、池田利夫先生にすすめられて買ってそろえたのを今でも持っている。)テレビの画面で見る限りであるが、古典籍のとりあつかいの作法については、この場合は、きちんとしていた。
それから、国宝が二万点というのは、近年になって金沢文庫古文書が一括して国宝に指定されたから、このような数字になる。嘘ではないのだが、あまり正確ともいえない。
2024年2月11日記
ブラタモリ 「鎌倉の寺〜北条氏の寺でわかる!鎌倉幕府の偉業とは〜」
前回に続いての鎌倉である。この回は、寺院めぐり。建長寺、極楽寺、称名寺、であった。
建長寺は臨済の寺であるのだが、中国の宋の時代に日本にもたらされ、臨済宗ということで今にいたっている。だから中国風であるのは当たり前である。何もことさら新しく言うほどのことではないと思うのだが。
極楽寺については、以前は壮大な境内地をもつ巨大寺院であったということだが、このような寺は各地にある。また、遠方の地にある神様などを勧請することは、さして珍しいことではない、ごく普通にあったことである。
建長寺でのけんちん汁も推測としてということだったし、極楽寺と元寇のことも、ちょっと無理があるかなという印象である。といって、登場していた西岡芳文君……慶應の文学部で私より少し後輩になる、同じ太田次男先生のもとで学んだ……が、そうでたらめな説を語ることもないだろうとは思う。これは、鎌倉における宗教政策という観点から考えるべきことがらのように私は思う。
金沢文庫は新しくなった建物である。これは、昔は、トンネルをはさんで称名寺の側にあった。それを新しくした。これももうかなり以前のことになるが。昔、学生のころ、恩師の太田次男先生につれられて古い金沢文庫の方に行ったことがあるのを思い出す。
金沢文庫旧蔵の古典籍類は、各所に散逸している。これは、古典籍にかかわるものの常識的知識である。私が学生に教えていた「金沢文庫本白氏文集」は、現在では東京の大東急記念文庫にある。その他のいくつかの施設にもある。
『文選集注』、『源氏物語』(河内本)がテレビに映ることは珍しいかと思う。(蓬左文庫の河内本は、学生のころ、翻刻が刊行になったので、池田利夫先生にすすめられて買ってそろえたのを今でも持っている。)テレビの画面で見る限りであるが、古典籍のとりあつかいの作法については、この場合は、きちんとしていた。
それから、国宝が二万点というのは、近年になって金沢文庫古文書が一括して国宝に指定されたから、このような数字になる。嘘ではないのだが、あまり正確ともいえない。
2024年2月11日記
「シリーズ 歎異抄にであう 無宗教からの扉 (4)「他力をえらぶ」」 ― 2024-02-13
2024年2月13日 當山日出夫
こころの時代 シリーズ 歎異抄にであう 無宗教からの扉 (4)「他力をえらぶ」
この回で柳田国男の名前は出てきていなかったのだが、自然宗教としての先祖供養ということを、近代になってから明らかにしたのは、柳田国男の仕事といっていいと思っている。
重要なことは、創唱宗教も自然宗教の影響を受ける、ということ。これは、浄土教にかぎらず、日本の仏教全般について言えることであろう。これを肯定的にとらえるか、否定的にとらえるかの違いはあるかもしれない。
だが、すくなくとも、日本の人びと、日本の文化、宗教的感覚のなかに息づいているものとしての、自然宗教というものの存在を考えてみることは、必要なことである。
そして、これからの社会、従来の自然宗教をなりたたせてきた共同体の基盤が崩壊していくなかで、どのような宗教観が求められるのか、ということになる。ここで、創唱宗教の再検討というところに話しが進んでいた。
また、宗教というものは、人間を幸福にするだけのものではなく、不幸にも気づくものであるという指摘は重要かと思う。人間の不幸、あるいは、罪と言ってもいいかもしれないが、それを自覚するところからスタートするということになる。
念仏は手段ではない、これは重要なことであろう。
そして、父母の供養のために念仏するのではない……これも重要なポイントである。宗教は、あくまでも生きている人間のためにある。生きている人間がどのようであるかを考えるとき、死者ということを視野に入れることが必要になる。この順序を間違えてはいけないだろう。
霊的な宗教指導者の言うことに教団が従う、ギブアンドテイクで幸福を得ようとする……この放送は、二〇二二年が最初だから、まだ、統一教会とかカルトとかのことが、そう社会で大きく取りあげられる前のことになる。だが、あるべき宗教の姿とカルトの違いを端的に指摘していると思う。
2024年1月24日記
こころの時代 シリーズ 歎異抄にであう 無宗教からの扉 (4)「他力をえらぶ」
この回で柳田国男の名前は出てきていなかったのだが、自然宗教としての先祖供養ということを、近代になってから明らかにしたのは、柳田国男の仕事といっていいと思っている。
重要なことは、創唱宗教も自然宗教の影響を受ける、ということ。これは、浄土教にかぎらず、日本の仏教全般について言えることであろう。これを肯定的にとらえるか、否定的にとらえるかの違いはあるかもしれない。
だが、すくなくとも、日本の人びと、日本の文化、宗教的感覚のなかに息づいているものとしての、自然宗教というものの存在を考えてみることは、必要なことである。
そして、これからの社会、従来の自然宗教をなりたたせてきた共同体の基盤が崩壊していくなかで、どのような宗教観が求められるのか、ということになる。ここで、創唱宗教の再検討というところに話しが進んでいた。
また、宗教というものは、人間を幸福にするだけのものではなく、不幸にも気づくものであるという指摘は重要かと思う。人間の不幸、あるいは、罪と言ってもいいかもしれないが、それを自覚するところからスタートするということになる。
念仏は手段ではない、これは重要なことであろう。
そして、父母の供養のために念仏するのではない……これも重要なポイントである。宗教は、あくまでも生きている人間のためにある。生きている人間がどのようであるかを考えるとき、死者ということを視野に入れることが必要になる。この順序を間違えてはいけないだろう。
霊的な宗教指導者の言うことに教団が従う、ギブアンドテイクで幸福を得ようとする……この放送は、二〇二二年が最初だから、まだ、統一教会とかカルトとかのことが、そう社会で大きく取りあげられる前のことになる。だが、あるべき宗教の姿とカルトの違いを端的に指摘していると思う。
2024年1月24日記
ドキュメント72時間「愛媛・今治 昭和から続くサウナにて」 ― 2024-02-13
2024/02/13 當山日出夫
ドキュメント72時間 愛媛・今治 昭和から続くサウナにて
そこにいけばいつもとかわらない毎日がある、これがとても重要なことである。今の時代、変わらなければいけない、時代の変化に取りのこされてはいけない、という意識が非常に強い。特に都市部ではそうかもしれない。
今治という街は、(私の認識では、ということであるが)時代から取りのこされつつある街かもしれない。最近、話題になったことといえば、加計学園の獣医学部が出来たことぐらいであろうか。それもその後どうなっているのか、ニュースには登場することがない。
造船の街、タオルの街である。
昔、今治には、百貨店が二つあった。大丸と高島屋である。県庁所在地でもないのに百貨店があったのは、かつて造船業で栄えた歴史があるからだろう。
今では、通過するだけの街かもしれない。瀬戸大橋の尾道今治ルートを使えば簡単に行けるのだが、今治で降りるという人は少ないかもしれない。
以前、ある事情があって、今治にはかなり行った。というよりも、通ったという方がいいかもしれない。今治の街の盛衰を、なんとなく肌で感じてきたところがある。
久しぶりに今治の方言を耳にした。こんなことばだったなあ、と思いながら見ていた。
変わらないでいることの価値を再認識した回であった。
2024年2月10日記
ドキュメント72時間 愛媛・今治 昭和から続くサウナにて
そこにいけばいつもとかわらない毎日がある、これがとても重要なことである。今の時代、変わらなければいけない、時代の変化に取りのこされてはいけない、という意識が非常に強い。特に都市部ではそうかもしれない。
今治という街は、(私の認識では、ということであるが)時代から取りのこされつつある街かもしれない。最近、話題になったことといえば、加計学園の獣医学部が出来たことぐらいであろうか。それもその後どうなっているのか、ニュースには登場することがない。
造船の街、タオルの街である。
昔、今治には、百貨店が二つあった。大丸と高島屋である。県庁所在地でもないのに百貨店があったのは、かつて造船業で栄えた歴史があるからだろう。
今では、通過するだけの街かもしれない。瀬戸大橋の尾道今治ルートを使えば簡単に行けるのだが、今治で降りるという人は少ないかもしれない。
以前、ある事情があって、今治にはかなり行った。というよりも、通ったという方がいいかもしれない。今治の街の盛衰を、なんとなく肌で感じてきたところがある。
久しぶりに今治の方言を耳にした。こんなことばだったなあ、と思いながら見ていた。
変わらないでいることの価値を再認識した回であった。
2024年2月10日記
ウチのどうぶつえん「アマミノクロウサギって・・・」 ― 2024-02-12
2024年2月12日 當山日出夫
ウチのどうぶつえん アマミノクロウサギって・・・
アマミノクロウサギについては、前にも見たように思うが……しかし、まあ、これはいろいろと興味深い。ハブを駆除するために人為的に持ち込まれたマングースが、アマミノクロウサギにとって天敵となる。このマングースを減らした結果、アマミノクロウサギも数を回復することができた。これは、マングースにとっては、かなり迷惑な話である。すべて人間の都合である。
交通事故にあったり、ネコに襲われたりして、保護されるものが増えている。治療して野生にもどせればいいのだが、もどせない場合、飼育するしかない。そこで、動物園の仕事になる。
ここ数年、アマミノクロウサギの交通事故が増えていることが、今日の読売新聞のオンライン記事でも載っている。
動物園の役割として、このような取り組みがあることは、重要なことである。このようなことは、もっと知られていいことだと思う。
それから、動物の赤ちゃんは見ていてとにかく可愛い。あまり可愛いというようなことばはつかいたくないのだが、可愛いとしかいいようがない。
2024年2月10日記
ウチのどうぶつえん アマミノクロウサギって・・・
アマミノクロウサギについては、前にも見たように思うが……しかし、まあ、これはいろいろと興味深い。ハブを駆除するために人為的に持ち込まれたマングースが、アマミノクロウサギにとって天敵となる。このマングースを減らした結果、アマミノクロウサギも数を回復することができた。これは、マングースにとっては、かなり迷惑な話である。すべて人間の都合である。
交通事故にあったり、ネコに襲われたりして、保護されるものが増えている。治療して野生にもどせればいいのだが、もどせない場合、飼育するしかない。そこで、動物園の仕事になる。
ここ数年、アマミノクロウサギの交通事故が増えていることが、今日の読売新聞のオンライン記事でも載っている。
動物園の役割として、このような取り組みがあることは、重要なことである。このようなことは、もっと知られていいことだと思う。
それから、動物の赤ちゃんは見ていてとにかく可愛い。あまり可愛いというようなことばはつかいたくないのだが、可愛いとしかいいようがない。
2024年2月10日記
『光る君へ』「二人の才女」 ― 2024-02-12
2024年2月12日 當山日出夫
『光る君へ』第6回「二人の才女」
嘆きつつ一人寝る夜の明くるまはいかに久しきものとかは知る
道綱の母の歌であるが、すでに『蜻蛉日記』は広く人びと……貴族層ということになるが……に読まれ、歌も知られていた、ということでいいのだろう。少なくともドラマではそのように作っている。ここは『蜻蛉日記』の受容史を詮索することはない。まあ、この時代、『蜻蛉日記』は「書物」として認識されたのだろうか、という気もする。どうだろうか。また、この時代は、本は写本である。わざわざ「写本」という必要はない。(ただ、宋との貿易で板本は入ってきている。)
猫がまた出てきた。この時代にあっては、高貴な人びとに愛好されるペットだったということになる。『源氏物語』では重要な役割をはたす。
平安の貴族にとって、白楽天の詩はもっとも馴染みのあるものであった。(まあ、このあたりのことは、私が勉強してきた分野のことになるのだが。)しかし、元稹(元微之)はどうだろうか。ちょっと微妙かなという気がする。
白楽天の詩が人口に膾炙したものであったことは、『枕草子』からも分かることである。白楽天の作品のなかでも、閑適詩といわれるジャンルのものである。
漢詩の会があって、そこに女性が陪席するということはあったのだろうか。基本的には、女性は漢字は読めない、というのがこの時代の通念であった、と私は思っているが、どうだったのだろうか。その時代にあって、漢詩文の素養があったのは、紫式部であり清少納言である、ということになる。
気になっていることがある。平安時代の貴族が漢詩文を作ったとき、それは訓読を前提としたものだったかどうか。そして、訓読する場合、どのように訓読するのか、訓読法まで作者自身が関与できたのだろうか。このことは、若いころから気になっていることである。
漢詩が七言絶句であるのは、妥当なことかと思う。平仄はあっているのだろうが、推敲のあとがまったくないのは不自然な気がする。(しかし、推敲のあとを残すとなると、制作のハードルはかなり上がる。)
この回で清少納言が登場してきた。ききょうという名前である。無論、これはフィクションである。まひろ同様、この時代の女性の名前は分からない。まあどうせでっちあげだからどうでもいいようなものかもしれないが、「ききょう」という言い方は、この時代にそんなに一般的ではなかったろうと思われる。もし「ききょう」という名前であったなら、その当時としてはかなりハイカラな(?)名前であったかもしれない。
紫式部と清少納言が、宮中に出仕する以前に、ドラマのように顔見知りであったということは、史実としては確認できないことになる。このあたりは、平安文学の才女、紫女と清女が出会うことがもしあったとしたら、ということでいいのだろう。
「清少納言」の読み方であるが、ナレーションの伊藤敏恵アナウンサーは、「清・少納言」と言っていた。これが正しい。
兼家が道長に婿になれと言っていたシーンがあった。これは招婿婚に従っていることになる。だが、ドラマのなかで、一族という場合、直系男子長子相続の家系ということがあるようだ。このところの整合性はどうなるのだろうかという気もする。
忯子が亡くなった。これは宮中においてなのだろうか。そうだとしたら、非常な忌みケガレということになるが。(どうでもいいことだが、「忯」の字を探すのに苦労した。ATOKの単漢字検索でどうにかなったが。)
病気になったとき、前回はインチキ坊主が出てきてのだが、高貴な人物が病気になれば、れっきとした僧侶が加持祈祷をするはずである。そのようなシーンはこれまで出てきていない。安倍晴明が呪詛をするのならば、まともな僧侶の加持祈祷があってもいいと思う。これまで、寺社というものがこのドラマで大きな存在として出てきていない。たぶん、葵祭はあるだろうし、斎宮なども登場するかもしれないのだが。
散楽の直秀は盗賊でもある。このあたりのシーンは、まるで雲霧仁左衛門である。
最後の紀行のところで、岩瀬文庫の『枕草子』が映っていた。三巻本である。(なお、『枕草子』の成立と諸本の関係はとてもややこしい。)
2024年2月11日記
『光る君へ』第6回「二人の才女」
嘆きつつ一人寝る夜の明くるまはいかに久しきものとかは知る
道綱の母の歌であるが、すでに『蜻蛉日記』は広く人びと……貴族層ということになるが……に読まれ、歌も知られていた、ということでいいのだろう。少なくともドラマではそのように作っている。ここは『蜻蛉日記』の受容史を詮索することはない。まあ、この時代、『蜻蛉日記』は「書物」として認識されたのだろうか、という気もする。どうだろうか。また、この時代は、本は写本である。わざわざ「写本」という必要はない。(ただ、宋との貿易で板本は入ってきている。)
猫がまた出てきた。この時代にあっては、高貴な人びとに愛好されるペットだったということになる。『源氏物語』では重要な役割をはたす。
平安の貴族にとって、白楽天の詩はもっとも馴染みのあるものであった。(まあ、このあたりのことは、私が勉強してきた分野のことになるのだが。)しかし、元稹(元微之)はどうだろうか。ちょっと微妙かなという気がする。
白楽天の詩が人口に膾炙したものであったことは、『枕草子』からも分かることである。白楽天の作品のなかでも、閑適詩といわれるジャンルのものである。
漢詩の会があって、そこに女性が陪席するということはあったのだろうか。基本的には、女性は漢字は読めない、というのがこの時代の通念であった、と私は思っているが、どうだったのだろうか。その時代にあって、漢詩文の素養があったのは、紫式部であり清少納言である、ということになる。
気になっていることがある。平安時代の貴族が漢詩文を作ったとき、それは訓読を前提としたものだったかどうか。そして、訓読する場合、どのように訓読するのか、訓読法まで作者自身が関与できたのだろうか。このことは、若いころから気になっていることである。
漢詩が七言絶句であるのは、妥当なことかと思う。平仄はあっているのだろうが、推敲のあとがまったくないのは不自然な気がする。(しかし、推敲のあとを残すとなると、制作のハードルはかなり上がる。)
この回で清少納言が登場してきた。ききょうという名前である。無論、これはフィクションである。まひろ同様、この時代の女性の名前は分からない。まあどうせでっちあげだからどうでもいいようなものかもしれないが、「ききょう」という言い方は、この時代にそんなに一般的ではなかったろうと思われる。もし「ききょう」という名前であったなら、その当時としてはかなりハイカラな(?)名前であったかもしれない。
紫式部と清少納言が、宮中に出仕する以前に、ドラマのように顔見知りであったということは、史実としては確認できないことになる。このあたりは、平安文学の才女、紫女と清女が出会うことがもしあったとしたら、ということでいいのだろう。
「清少納言」の読み方であるが、ナレーションの伊藤敏恵アナウンサーは、「清・少納言」と言っていた。これが正しい。
兼家が道長に婿になれと言っていたシーンがあった。これは招婿婚に従っていることになる。だが、ドラマのなかで、一族という場合、直系男子長子相続の家系ということがあるようだ。このところの整合性はどうなるのだろうかという気もする。
忯子が亡くなった。これは宮中においてなのだろうか。そうだとしたら、非常な忌みケガレということになるが。(どうでもいいことだが、「忯」の字を探すのに苦労した。ATOKの単漢字検索でどうにかなったが。)
病気になったとき、前回はインチキ坊主が出てきてのだが、高貴な人物が病気になれば、れっきとした僧侶が加持祈祷をするはずである。そのようなシーンはこれまで出てきていない。安倍晴明が呪詛をするのならば、まともな僧侶の加持祈祷があってもいいと思う。これまで、寺社というものがこのドラマで大きな存在として出てきていない。たぶん、葵祭はあるだろうし、斎宮なども登場するかもしれないのだが。
散楽の直秀は盗賊でもある。このあたりのシーンは、まるで雲霧仁左衛門である。
最後の紀行のところで、岩瀬文庫の『枕草子』が映っていた。三巻本である。(なお、『枕草子』の成立と諸本の関係はとてもややこしい。)
2024年2月11日記
歴史探偵「陰陽師 平安京の闇をはらえ」 ― 2024-02-11
2024年2月11日 當山日出夫
歴史探偵 陰陽師 平安京の闇をはらえ
これも、『光る君へ』関連の番組の一つということになるだろう。確かに、『光る君へ』の始まりは安倍晴明からだったし、このドラマでは様々に活躍しそうである。
陰陽師とか安倍晴明とかについて、たぶん世代によって思うところはかなり違うだろう。私は最近のサブカルチャーにおける安倍晴明については、ほとんど知るところがない。せいぜい、若い人たちの間で人気になっているらしいという知識がかろうじてあるだけである。
陰陽寮というのは、朝廷の組織の一つであり、仕事は暦の管理であったというのが私の基本の知識である。それから、『今昔物語集』では式神を駆使して、いろんな不思議なことをやってのける。
平安時代の貴族の生活は、物忌みなど様々な制約があったということは、日本史、日本文学などの基本の知識だろうと思う。この番組では、ここを具体的に例示していたところが興味深い。(まあ、だからこそ、血の忌みをきらう平安貴族が、自らの手で人を殺すというストーリーには、違和感を感じてしまうのだが。)それにしても、平安貴族の生活とは面倒なものだったようだ。
番組の筋とはあまり関係ないのだが、平等院のシーン。地図を示していたが、巨椋池が大きく描かれていた。このあたり、私が高校生のころまで湿地帯で、殺伐とした雰囲気の地域であった。京阪宇治線は、線路のそばまで茶畑があった。(それが、今では住宅地である。)この巨椋池の存在は、平安時代のみならず、京の街の歴史を考えるときには、重要な意味があることになる。
反閇は、ことばとしては知っているのだが、いったいいつ頃なんで憶えたのかは定かではない。
平安時代が、物の怪、怨霊の時代であったことは、確かなことだろう。少なくとも人びとの意識においては、重要な意味があった。呪詛の人形が残っているのも、平安京ならではのことである。(それにしても、番組の制作で妖怪の画像となると、日文研に頼ることになるようだ。)
『光る君へ』で陰陽師がどんなふうに活躍することになるのか、楽しみに見ることにしよう。
2024年2月10日記
歴史探偵 陰陽師 平安京の闇をはらえ
これも、『光る君へ』関連の番組の一つということになるだろう。確かに、『光る君へ』の始まりは安倍晴明からだったし、このドラマでは様々に活躍しそうである。
陰陽師とか安倍晴明とかについて、たぶん世代によって思うところはかなり違うだろう。私は最近のサブカルチャーにおける安倍晴明については、ほとんど知るところがない。せいぜい、若い人たちの間で人気になっているらしいという知識がかろうじてあるだけである。
陰陽寮というのは、朝廷の組織の一つであり、仕事は暦の管理であったというのが私の基本の知識である。それから、『今昔物語集』では式神を駆使して、いろんな不思議なことをやってのける。
平安時代の貴族の生活は、物忌みなど様々な制約があったということは、日本史、日本文学などの基本の知識だろうと思う。この番組では、ここを具体的に例示していたところが興味深い。(まあ、だからこそ、血の忌みをきらう平安貴族が、自らの手で人を殺すというストーリーには、違和感を感じてしまうのだが。)それにしても、平安貴族の生活とは面倒なものだったようだ。
番組の筋とはあまり関係ないのだが、平等院のシーン。地図を示していたが、巨椋池が大きく描かれていた。このあたり、私が高校生のころまで湿地帯で、殺伐とした雰囲気の地域であった。京阪宇治線は、線路のそばまで茶畑があった。(それが、今では住宅地である。)この巨椋池の存在は、平安時代のみならず、京の街の歴史を考えるときには、重要な意味があることになる。
反閇は、ことばとしては知っているのだが、いったいいつ頃なんで憶えたのかは定かではない。
平安時代が、物の怪、怨霊の時代であったことは、確かなことだろう。少なくとも人びとの意識においては、重要な意味があった。呪詛の人形が残っているのも、平安京ならではのことである。(それにしても、番組の制作で妖怪の画像となると、日文研に頼ることになるようだ。)
『光る君へ』で陰陽師がどんなふうに活躍することになるのか、楽しみに見ることにしよう。
2024年2月10日記
『ブギウギ』「東京ブギウギ」 ― 2024-02-11
2024年2月11日 當山日出夫
『ブギウギ』第19週「東京ブギウギ」
この週で、このドラマの最初のシーンにもどった。しかし、まったく同じということではない。確か記憶では、最初の回のときには、茨田りつ子は出てきていなかった。つまりは、同じようなシーンを、ドラマの最初のときと、今回と、異なる出演者でほぼ同じように撮影していたということになる。これは、始めの企画のときから、こう決まっていて撮影しておいたものだろうか。そうすると、かなり先のことまで計算して作った脚本ということになる。
「東京ブギウギ」の舞台シーンはとてもよかった。
ともあれ、この回でいよいよ「東京ブギウギ」になった。笠置シズ子といえば、私はかろうじて憶えているが、この曲のイメージが非常に強い。ドラマのなかでは、スズ子の復興ソングであると同時に、戦後日本の復興ソングでもあると、言っていた。
興味深かったのは、子供の子守のこと。今なら保育園にあずける、ベビーシッターを頼む、ということになるのだろうが、スズ子は、愛子をどうしても自分の手元においておきたいと思う。稽古場まで連れてきて面倒をみる。そこに登場したのが茨田りつ子である。茨田りつ子は、愛子の子守を引き受けるという。まあ、だらしないということになるのが、周りの男性たちである。
これは、今日的なテーマである。仕事のある女性と子ども、その子育てをどう考えるかは、まさにこれからの日本の大きな課題である。(そういえば、かなり以前のことになるが「アグネス論争」というのがあったのを思い出す。)
土曜日のまとめ回では省略されていたが、靴磨きの少年が気になる。この少年は、これからのドラマで重要な役割をはたしそうな予感がする。それから、ちらっと映っていたタイ子のことがきにかかる。
次週以降、戦後の社会のなかで生きて行くことになるスズ子を描くようだ。楽しみに見ることにしよう。
2024年2月10日記
『ブギウギ』第19週「東京ブギウギ」
この週で、このドラマの最初のシーンにもどった。しかし、まったく同じということではない。確か記憶では、最初の回のときには、茨田りつ子は出てきていなかった。つまりは、同じようなシーンを、ドラマの最初のときと、今回と、異なる出演者でほぼ同じように撮影していたということになる。これは、始めの企画のときから、こう決まっていて撮影しておいたものだろうか。そうすると、かなり先のことまで計算して作った脚本ということになる。
「東京ブギウギ」の舞台シーンはとてもよかった。
ともあれ、この回でいよいよ「東京ブギウギ」になった。笠置シズ子といえば、私はかろうじて憶えているが、この曲のイメージが非常に強い。ドラマのなかでは、スズ子の復興ソングであると同時に、戦後日本の復興ソングでもあると、言っていた。
興味深かったのは、子供の子守のこと。今なら保育園にあずける、ベビーシッターを頼む、ということになるのだろうが、スズ子は、愛子をどうしても自分の手元においておきたいと思う。稽古場まで連れてきて面倒をみる。そこに登場したのが茨田りつ子である。茨田りつ子は、愛子の子守を引き受けるという。まあ、だらしないということになるのが、周りの男性たちである。
これは、今日的なテーマである。仕事のある女性と子ども、その子育てをどう考えるかは、まさにこれからの日本の大きな課題である。(そういえば、かなり以前のことになるが「アグネス論争」というのがあったのを思い出す。)
土曜日のまとめ回では省略されていたが、靴磨きの少年が気になる。この少年は、これからのドラマで重要な役割をはたしそうな予感がする。それから、ちらっと映っていたタイ子のことがきにかかる。
次週以降、戦後の社会のなかで生きて行くことになるスズ子を描くようだ。楽しみに見ることにしよう。
2024年2月10日記
偉人の年収「初代内閣総理大臣 伊藤博文」 ― 2024-02-10
2024年2月10日 當山日出夫
偉人の年収 How much? 初代内閣総理大臣 伊藤博文
伊藤博文は、幕末を舞台にしたドラマでは登場する。大河ドラマでも何度か出てきていると思う。それから記憶にあるのは、『坂の上の雲』のドラマ化である。このドラマの伊藤博文は、憂国の政治家でかっこよかった。
伊藤博文については、断片的な知識があるだけで、トータルでその人生をたどったいうことはなかった。松下村塾で学んだこと、留学したこと、初代内閣総理大臣であったこと、などである。
この番組の作り方についてはいろいろと批判的に見ることもできよう。
明治憲法を、近代的な立憲君主制の憲法とみるか、あるいは、帝国主義的な人民抑圧の制度と見るか、別れるかもしれない。これは、その時代にあって、世界の大きな流れからするならば、十分に近代的な憲法であり、近代の日本の基礎を作ったということで、これはこれとして一つの歴史の見方であると思う。
ハルビンで暗殺されているのだが、安重根の名前は出していなかった。ここは、名前ぐらいは出しておいてよかったのではないかと思うが、どうだろうか。
それから、伊藤博文の妻の梅子の生いたちなどについても言及があるとよかったかと思う。
2024年2月9日記
偉人の年収 How much? 初代内閣総理大臣 伊藤博文
伊藤博文は、幕末を舞台にしたドラマでは登場する。大河ドラマでも何度か出てきていると思う。それから記憶にあるのは、『坂の上の雲』のドラマ化である。このドラマの伊藤博文は、憂国の政治家でかっこよかった。
伊藤博文については、断片的な知識があるだけで、トータルでその人生をたどったいうことはなかった。松下村塾で学んだこと、留学したこと、初代内閣総理大臣であったこと、などである。
この番組の作り方についてはいろいろと批判的に見ることもできよう。
明治憲法を、近代的な立憲君主制の憲法とみるか、あるいは、帝国主義的な人民抑圧の制度と見るか、別れるかもしれない。これは、その時代にあって、世界の大きな流れからするならば、十分に近代的な憲法であり、近代の日本の基礎を作ったということで、これはこれとして一つの歴史の見方であると思う。
ハルビンで暗殺されているのだが、安重根の名前は出していなかった。ここは、名前ぐらいは出しておいてよかったのではないかと思うが、どうだろうか。
それから、伊藤博文の妻の梅子の生いたちなどについても言及があるとよかったかと思う。
2024年2月9日記
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