ETV特集「田んぼ×未来 あきらめないコメ農家たち」 ― 2025-04-30
2025年4月30日 當山日出夫
ETV特集 田んぼ×未来 あきらめないコメ農家たち
番組の意図を曲解していることになるかもしれないが、中山間地域等直接支払制度がなくなってしまったら、日本の米農家の多くが立ちゆかなくなり、日本国内での米の栽培と自給ということが、崩壊する……このように思うことになるのだが、どうなのだろうか。つまりは、日本の米農家の多くに、税金をつかって補助しているから、かろうじて米作がなりたっている。
純然たるマーケットの論理……生産者はより安く作りより高く売り、消費者はより安いものを買う……だけで動くとするならば、日本の農業はなりたっていかないことになる。だからこそ、米だけは、絶対に輸入に依存しないという、政府の方針が支持され、米農家への保護政策がとられていることになる。
金額的には、200億ぐらいだから、国家の財政としては、そう大きな負担ではない。しかし、国の米農家を税金でささえるという方針の是非をめぐっては、これは、これから議論のまとになることかもしれない。
大規模経営で米作をするとしても、規模の拡大だけではスケールメリットがない。一定以上の大きさになると、設備や機械にコストがかかって、よりもうかるようにはならない。しかし、これも、これから辞めていく農家があり、耕作放棄地をこれ以上増やさないためには、規模の拡大という方向ですすむしかないのだろう。
興味深かったことは、大規模経営の横田農場で、栽培しているお米の生育状況にについてサンプリング調査を継続しておこなっていること。このような調査は、農水省などが、全国規模でしかるべく行うべきものだと思えるのだが、実際はどうなのだろうか。テレビのニュースなどで、今年の米の作柄ということは伝えられるのだが、栽培の品種や、栽培方法、また、地域の違い、ということについて、継続的、網羅的にサンプリングした調査というのは、これからの日本の農業を考えると、絶対に必要なことだと思うのだけれど、どうなっているのだろうか。もし、やっていないなら、このような研究調査にこそ、税金をかけて、その情報を適切に農家に伝えていかなければならないはずである。
現在、米の小売り価格が倍ぐらいに高騰している。だが、それで大もうけしている業者がいるという話しは聞かない。まったく米が手に入らなくなって食べるものがない(飢え死にしそうだ)という話しも聞かない。さらには、米の価格がこれほど高いなら、農業はもうかるビジネスだとして、それに参入しようという話しも聞かない。いったい、価格と、需給のバランス、流通のシステムは、どうなっているのだろうか。
米と日本の生活は、おおきくかかわっている。単なる経済の問題だけではなく、文化的、歴史的な問題でもある。
若いころのことを思い出すと、日本の米作は作りすぎて生産過剰で困った時代があった。古米、古古米というこばもあった。食管法の改正ということが、ニュースで大きくとりあげられた。子どものころには、お米の通帳というのがあったことを記憶している。不作で緊急的に輸入したということもあった。農水省は、絶対に一粒の米も日本には輸入させないといって、アメリカの米を日本で見本で展示することを拒んだこともあった。しかし、実際には、抜け穴があって、米の輸入(実際には、米の粉の輸入)ということがああった(これは、今はどうなっているのだろうか)。今では、一部のブランド米は、海外にも輸出されている。
そうはいっても、今では、田植機を動かす燃料がなくては、田植えもできない。稲刈りもできないし、輸送もできない。石油がなければ何にもできなくなってしまうという状況で、自給率が何パーセントと言ってみても、あまり意味のないことに思えてならない。このことは、農家の経営規模を問わずそうである。
2025年4月29日記
ETV特集 田んぼ×未来 あきらめないコメ農家たち
番組の意図を曲解していることになるかもしれないが、中山間地域等直接支払制度がなくなってしまったら、日本の米農家の多くが立ちゆかなくなり、日本国内での米の栽培と自給ということが、崩壊する……このように思うことになるのだが、どうなのだろうか。つまりは、日本の米農家の多くに、税金をつかって補助しているから、かろうじて米作がなりたっている。
純然たるマーケットの論理……生産者はより安く作りより高く売り、消費者はより安いものを買う……だけで動くとするならば、日本の農業はなりたっていかないことになる。だからこそ、米だけは、絶対に輸入に依存しないという、政府の方針が支持され、米農家への保護政策がとられていることになる。
金額的には、200億ぐらいだから、国家の財政としては、そう大きな負担ではない。しかし、国の米農家を税金でささえるという方針の是非をめぐっては、これは、これから議論のまとになることかもしれない。
大規模経営で米作をするとしても、規模の拡大だけではスケールメリットがない。一定以上の大きさになると、設備や機械にコストがかかって、よりもうかるようにはならない。しかし、これも、これから辞めていく農家があり、耕作放棄地をこれ以上増やさないためには、規模の拡大という方向ですすむしかないのだろう。
興味深かったことは、大規模経営の横田農場で、栽培しているお米の生育状況にについてサンプリング調査を継続しておこなっていること。このような調査は、農水省などが、全国規模でしかるべく行うべきものだと思えるのだが、実際はどうなのだろうか。テレビのニュースなどで、今年の米の作柄ということは伝えられるのだが、栽培の品種や、栽培方法、また、地域の違い、ということについて、継続的、網羅的にサンプリングした調査というのは、これからの日本の農業を考えると、絶対に必要なことだと思うのだけれど、どうなっているのだろうか。もし、やっていないなら、このような研究調査にこそ、税金をかけて、その情報を適切に農家に伝えていかなければならないはずである。
現在、米の小売り価格が倍ぐらいに高騰している。だが、それで大もうけしている業者がいるという話しは聞かない。まったく米が手に入らなくなって食べるものがない(飢え死にしそうだ)という話しも聞かない。さらには、米の価格がこれほど高いなら、農業はもうかるビジネスだとして、それに参入しようという話しも聞かない。いったい、価格と、需給のバランス、流通のシステムは、どうなっているのだろうか。
米と日本の生活は、おおきくかかわっている。単なる経済の問題だけではなく、文化的、歴史的な問題でもある。
若いころのことを思い出すと、日本の米作は作りすぎて生産過剰で困った時代があった。古米、古古米というこばもあった。食管法の改正ということが、ニュースで大きくとりあげられた。子どものころには、お米の通帳というのがあったことを記憶している。不作で緊急的に輸入したということもあった。農水省は、絶対に一粒の米も日本には輸入させないといって、アメリカの米を日本で見本で展示することを拒んだこともあった。しかし、実際には、抜け穴があって、米の輸入(実際には、米の粉の輸入)ということがああった(これは、今はどうなっているのだろうか)。今では、一部のブランド米は、海外にも輸出されている。
そうはいっても、今では、田植機を動かす燃料がなくては、田植えもできない。稲刈りもできないし、輸送もできない。石油がなければ何にもできなくなってしまうという状況で、自給率が何パーセントと言ってみても、あまり意味のないことに思えてならない。このことは、農家の経営規模を問わずそうである。
2025年4月29日記
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