司馬遼太郎 雑談「昭和」への道「最終回 自己解剖の勇気」2023-11-23

2023年11月23日 當山日出夫

司馬遼太郎 雑談「昭和」への道 最終回 自己解剖の勇気

なんだかんだといいながら、この番組を最後まで見てしまった。今の時代の価値観からすると、ちょっとそぐわないかなという表現があったりもするのだが、しかし、全体として、今でも通用する議論になっていたと思う。いや、二一世紀になった今だからこそ、かつての司馬遼太郎のことばに耳を傾けるべきである。

この回も印象にのこるエピソードがある。『日露戦史』が、実につまらない本であるということは重要である。なぜ、日露戦争に勝ったのか(少なくとも負けなかったのか)、きちんとした検証をしていれば、そして、それが国民に広く知られていれば、太平洋戦争は起きなかったかもしれない。

孫文の講演のことばも印象に残る。日本をふくめ、韓国、中国も、今一度孫文の理念に立ちかえって考えてみるべきという気持ちになる。

いろいろと言いたいことはあるのだが、最終回を見て最も印象に残るのは、(私なりのことば言いかえてみるならばであるが)想像力の必用性ということである。他の国は、どのような民族からなり、どのような歴史、文化を持っているのか、その国に生まれたらと思ってみる、これが最も重要なことであると、最後に語っていた。

そして、司馬遼太郎は昭和について書かないだろうとも言っていた。確かに、司馬遼太郎の小説では昭和のことを書いたものはないはずである。ノモンハンについては、小説のような形では書いていない。

ここで司馬遼太郎が語ったことは、若い人が引き継いでくれるべきことだと、望みを託していた。さて、どうだろうか、司馬遼太郎のことばを引き継ぐ仕事をした人は誰がいるだろうか。思いつくところでは、もう故人になってしまったが半藤一利がいるだろうか。あるいは、歴史研究者では、加藤陽子の名前なども浮かんでくる。

司馬遼太郎の「街道をゆく」を全部読んでみようと思って、半分ぐらい読んだところで止まってしまっている。これも、続きを再開しようと思う。

いろいろと考えるところの多い番組であったと思う。

2023年11月20日記

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