「トラック・列島3万キロ 時間を追う男たち」2024-12-25

2024年12月25日 當山日出夫

時をかけるテレビ トラック・列島3万キロ 時間を追う男たち

二〇〇四年の放送である。

物流の二〇二四年問題は、かなり大きく報道されたことなのだが、実際にそれが実現してみると、生活の感覚としては、特にきわだった変化というのは感じないでいる。これは、おそらくは物流業界の人たちが、頑張っているということなのだろうと思う。

見て思うことは、今の日本の産業にとって、ジャスト・イン・タイム、ということは重要なのだろうが、それは、道路を法定速度で走って安全に配慮したものでなければならないはずである。無理なトラックの走り方を要求して、それで、遅延が発生したら賠償しなければならない、というのは、なんとなく理不尽なルールのように思える。だが、このようなシステムのうえに、これまでの日本の産業であり、人びとの暮らしがなりたってきたことは、思ってみるべきである。遅延についての賠償ということは、今の運送業界ではどうなっているのだろうか。このあたりのことは、新しく取材してほしいところである。

物流コストというのは、あらゆるものの価格に反映する、そうならざるをえないシステムに、今の日本の国はなっている。トラックドライバーの待遇改善というなら、物流コストの上昇、価格転嫁、ということを、多くの人びとが受け入れなければならない。

ドライバーの人手不足は、とても深刻なようである。将来的には、外国人労働者(移民)にたよらざるをえないことかと思う。いや、一部ではすでにそうなっていてもおかしくはない。

主要な幹線道路については、自動運転ということも可能かもしれない。しかし、宅配サービスにおける、ラスト・ワンマイルは、人間の手によらざるをえないだろう。都市部の高層マンションなどについては、その構造やセキュリティのシステムが大きな障害になっていることは言われている。

まあ、個人的に思うこととしては、そんなに急いで翌日に届きます、というようなことでなくてもいいと思うことが多いのだが、早く届くことがデフォルトになってしまっている現代社会の価値観は、もう逆戻りはできないのかもしれない。

コンビニなどでも、まさにジャスト・イン・タイムのシステムが動いているからこそのビジネスである。たまに利用することがある程度なのだが、そこまでのサービスを一般の消費者は、本当に求めているのだろうか。少しぐらい不便に感じることがあるかもしれないが、物流で働く人をふくめて、より多くの人びとがよりまともな暮らしができる社会のあり方、というようなことを考えてみる。

2024年12月23日記

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