『鎌倉殿の13人』あれこれ「帰ってきた義経」2022-05-24

2022年5月24日 當山日出夫(とうやまひでお)

『鎌倉殿の13人』第20回「帰ってきた義経」
https://www.nhk.or.jp/kamakura13/story/20.html

前回は、
やまもも書斎記 2022年5月17日
『鎌倉殿の13人』あれこれ「果たせぬ凱旋」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2022/05/17/9491303

義経が死ぬことになった。

見ていて思うことはいろいろあるが、二点ぐらい書いておく。

第一に、権力。

このドラマほど、大河ドラマのなかで、権力というものを描いた作品はめずらしいかもしれない。頼朝は、武士であり、源氏の棟梁、という側面も無論あるが、何よりも鎌倉殿として、権力者である。その非情さ、冷徹さ、残酷さ、というものを、あますところなく描いている。

そして、北条義時もまた、権力の側に位置する人間として描かれるようになってきている。平泉に使者として赴いた義時は、頼朝の権力の側にいるということが、重要な意味をもつようになってきている。

これから、頼朝の死があり、源氏将軍の鎌倉幕府が終わり、北条氏が権力の中心に位置するようになるはずである。その権力者としての義時を、これからこのドラマではどう描いていくことになるのだろうか。

第二に、鎌倉幕府の成立。

通常の日本史の知識では、鎌倉幕府の成立は、一一八五年、あるいは、一一九二年である。近年の教科書的知識としては、一一八五年ということかと思う。さて、このドラマでは、鎌倉幕府の成立ということをどう描くのであろうか。

歴史のうえでは、頼朝は、全国的な支配権を獲得していうことになる。ただ、形のうえで、「幕府」はまだであるが。

また、その一方で、京都の王家や、寺社権門との関係はどうであろうか。このドラマでは、後白河院は登場するが、権門としての寺社は出てきていない。まあ、そのように作ってあるといえばそれまでなのであるが。

これから、「幕府」の成立、それをうけての、京都の朝廷との関係をどのように描くことになるのだろうか。

以上の二点が、この回を見ていて思ったことなどである。

それから、平泉の合戦シーンでも感じたことであるが、この『鎌倉殿の13人』では、夜の合戦シーンが多いような気がする。映像的には、松明を効果的に使うことができるということもあるだろうし、また、それができるだけの撮影機材の進歩ということもあってのことと思う。

次回は、後白河院もまた登場するようだ。楽しみに見ることにしよう。

2022年5月23日記

追記 2022年5月31日
この続きは、
やまもも書斎記 2022年5月31日
『鎌倉殿の13人』あれこれ「仏の眼差し」
https://yamamomo.asablo.jp/blog/2022/05/31/9495656

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