『ブッデンブローク家の人びと』トーマス・マン(その三)2017-05-06

2017-05-06 當山日出夫

つづきである。
やまもも書斎記 2017年5月5日
『ブッデンブローク家の人びと』トーマス・マン(岩波文庫)(その二)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/05/05/8543812

ようやく三冊を読み終わったので、まとめての感想などいささか。

この『ブッデンブローク家の人びと』と、『楡家の人びと』との関連については、さんざん書かれていることであろうから、特につけたすほどのこともないと思う。作中の登場人物でいえば、トーマス、ハンノ、クリスチアン、それから、トーニ……これらの登場人物は、徹吉、周二、米国(よねくに)、桃子、龍子、などの人物に重なって理解されることになるであろうか。特に、モデルとしたということではなく、なんとなく、ああこの人物のことを思うかべるなあ、という印象をいだいて読むことになる、という程度の意味においてであるが。

時間の関係だけ確認しておくならば、『ブッデンブローク家の人びと』が刊行されたのは、1901年。第一次世界大戦の始まりは、1914年である。(岩波文庫版の年譜による。)

だから、第一次世界大戦の結果をうけて、書かれたという本ではない。しかし、内容的には、第一次世界大戦より前の人びとの暮らし、それも、ドイツにおける上層の市民生活というべきものを描いていると読める。意図してそうなったことではないのかもしれないが、結果的に、(昨日書いたように)失ってしまったものへの哀惜の念に満ちた小説として読まれることになった、そう理解していいだろう。

このことを岩波文庫版の解説では、次のようにある、

「しかし、マンが考えなかったのは、「ブッデンブローク家の人びと」が市民時代の白鳥の歌であったことであった。「ブッデンブローク家の人びと」がイギリスの、フランスの若者のこころを打ったのは、市民時代の終わりの歌である点であった。市民時代のあとにつづくものが、帝国主義であるか、それとも、労働者階級の凱歌であるか、それは今でも決定していない。二十世紀が終わるまでには、市民時代につづく時代は、決定しないかもしれない。」(p.365)

そして、今は二十一世紀をむかえている。この解説が書かれたのは、昭和44年(1969年)である。まだ、東西冷戦のまっただなかの時代。その後、ベルリンの壁の崩壊があり、二十一世紀になって、この国際社会のゆくえは、不透明さをますばかりである。このような時代にあって、なおこの小説が読まれ続けるとするならば、まさに、この小説が描いたような「市民」の時代があった、そして、それを、二度の大戦で失い、その後の歴史的激変のなかで、ゆくえさだめぬ日々をくらすわれわれにとって、なにかしら郷愁……失ったものへの憧憬をふくんだ哀惜の念……を感じるからにほかならないであろう。

もちろん、このように考えなくても、この小説は、それ自体として非常に面白い。全編にわたってユーモアにみちており、ある時代のある一族の盛衰を描いた作品として、読むに値する。また、『トニオ・クレーゲル』にみられるような、芸術家というものを、どこか冷めた目で見る視点を提供してくれるものとして、この作品はある。

この小説は、ある一族の没落の物語である。ただ、衰退するというだけではなく、最後には、芸術……ハンノは音楽に特異な才能をしめしている……が、残る。だが、芸術が何になるというのであろうか。トーマス・マンは、自身のことを芸術家と思っていたかもしれないが、しかし、芸術至上主義の立場をとってはいない。このことは、むしろ『トニオ・クレーゲル』を読むことによって感じる。

芸術と、市民社会の健全な一員であることは両立しないのであろうか。この問いは、今日、二十一世紀の今になっても、答えの出ている問題ではない。しかし、芸術とは何か、芸術家は社会にとっていかなる存在であるのか、それを考える視点を、この小説は提示している。

ともあれ、私は、この作品を、19世紀のドイツにおける市民社会を描いた作品、そして、それは、われわれがもう失ってしまったものである、このように理解して読んでおきたいと思う。

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